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2017-04-21 [長年日記]
_ 少々家を片付ける必要が生じたので早く帰宅したのだが、たまたま巡回中の駐在さんが訪ねてきたので応対する。何か困ったことがあれば、というので、ゴミ処理場ではない場所にたびたび分別もせずに曜日も守らずに物品を廃棄する人が増えて来て、日に日にひどくなるということを訴え、現在もその状態が続いていたので現場をご覧いただいたのだった。が、とうの投棄場がゴミ集積所と隣接しているということで、それは不法投棄ではなくて誤認でしょうなどと、何故なのか不法投棄を行なっている側に寄り添ったようなことを言うのである。そのときの無力感と言ったら。そしてじゃあ何が不法投棄なのかどうすれば対処してもらえるのかなどの押し問答がしばし続いて家の片づけどころではなかったんである。まあ結局のところ誤認なのであればまずはその認識を改めていただく努力をこちらでするよりないということで、大きな文字で掲示をすることにしたんである。まあそれは既に用意していたのだ。そして役所の資源循環局にも同様の訴えをしていたので、投棄された物品自体は来週には無くなることが期待される。そして私のすることと言えば、投棄が繰り返されるたびに訴えを続けるよりない、投棄の現場をおさえる機会が来ない限りは。いささか消極的な策ではあるし、いろいろ不満が解消されないので実は泣くほど悔しいのだが、泣き寝入りはしないようにしたいと思う。とりあえず泣いてもいないし。だが懸念が一つ。たぶん私は上記の押し問答の中である程度激しい物言いをしているのである。中には警察を批判するととられる内容もあったに違いない。だから、もしも共謀罪が成立したと同時に私が何らかの事由で逮捕されるようなことがあった場合、その真の原因はこのことにあるかもしれないのである。今は単なるファンタジーに過ぎないと思っているが、むしろ不測の事態しか実現しない昨今ではリアルなこととなるかもしれないのだ。
_ そのあと夜ヨガ。興奮した気分を落ち着かせるのには有益だったのだが、帰宅して食べた餃子のたれに果糖ぶどう糖液糖が入っていたのにあとから気づいて実に気落ちしているところだ。入れるなよ。まあたれには罪があっても餃子には罪はないので食べてしまった。しかしそう考えると外食だっておちおちできたものじゃない。食品を購入して食べたり外食したりすることにおいて仮定されている信頼関係はもはや期待できない時代である。
そうか、地球の幼年期が終わったんだ、ついに。