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2018-06-03 [長年日記]
_ 楽しみにしてたことにテレビが視聴できなくて悲しみのオーシャン。今日、横浜に帰る。
_ 空港。念のために明日も休暇としておいたのは良かった気がする。昨日もう治りかけているとみた風邪はまだ続いており、発熱は無いようなものの鼻炎が煩わしく、食欲も減退しているようだ。風邪の時はもう流れに逆らわない。ただ鼻炎の症状は小青竜湯で抑えられることを知ったのは良かった。あとはだるいなりにだらだら暮らし、食欲が出るまでは無理には食べない。それだけのエネルギー源は嫌になる程身体に蓄えられているから。一昨日から「ホーキング宇宙を語る」を読んでいる。
_ [読書] 『ホーキング宇宙を語る』スティーヴン・W・ホーキング/林訳、早川書房、 1989。
読み出して間もなく、もっと早く読んでいても良かった、と思った。そのことを感じたのは、ハイゼンベルクの不確定性原理の説明と、それからファインマンの経路積分(林訳では『経歴総和法』と記される)についての説明だった。前者は、この原理が観測という行為と関連しており、精密な位置の観測のためにはより短波長−したがって高エネルギーの波、あるいは粒子を観測対象に当てる必要があるが、それにより対象には運動量が与えられることを明確で端的に説いている。言われればそういう風に習って気もするが、こんなにはっきり言われたことはなかった気がする。後者はとてもとっつきにくい概念のように敬遠していたもので、これの説明には変分原理から語る文脈が多くて一生触れ得ない理論と感じていたものだが、定在波とよく似た原理と説明されて、その敷居がガタンと下がった気になった。そうだったのだ。学問に王道無しとは良くも言ったものだが、学問という門は、それを求める者には広く開かれているのだし、そこへ至る経路は力学の世界とは違って数多くのやり方が許されている。一つの名著にばかり縋りそれが分からなければ道が閉ざされたと絶望する必要は無い。それを権利の盾として使う者や口を糊す手段とのみして他者の入り込む道を阻もうとする者、テクニカルタームばかりを振りかざして人前で他者の無知を暴き排除しようとする自己愛の者の言い分に臆することは無い。速く到達する必要も無い。分かった振りをする必要もないし、何もしていないのにそれを探究しているように見せかける事も不要だ。ただ、求め続ける者、つまり"ステューデント"であり続けよう。この本を読む資格は自分には無いなんて考える事も無かったのだ…。
こんな風に夜のフライトには似つかわしく無い興奮を抱いた私は、しかしその思いを書き付けるべく前席下のバッグから野帳を取り出した時、バッグを通路にはみ出させてしまっていた。客室乗務員の女性が来てそれを直してくれる際、ひざまづいた彼女の膝上が思いがけず顕となった。バックがわずかにズレたためにこの結果となった。もっと大きくズレていたならそれは別の結果を生んだであろう。例えば通路を挟んだ先の乗客のクレームとか現象が視界の外で起こり観測にかからないとか。ホーキングの不確定性原理の説明は見事だったが、眼前の現実世界においては相当に見事な大腿部が一瞬現れてすぐに慎ましく隠れた。この観測行為においては、バッグの定位置からのズレとその結果としての感動量の間にも何らかの関係を生む原理が確かに存在していたと思う。
_ 羽田到着。晴れている。今年の梅雨はどんなだろうか?そうそう、スカイマークの機内誌が先月から変わって、大変残念なことに巻末のクイズが無くなってしまったのである。こんのゆみさんのナゾナゾ、難しいけど好きだったので残念也。
_ 横浜着。……。
夏じゃん!あーもう。