RSSフィード:http://alpha-ralpha.com/diary/index.rdf
2005-09-12 [長年日記]
_ [読書] 『検事の現場検証』(読了)/また本を買い込んでしまった/『医学的心理学』
『検事の現場検証』読了。全てのページにわたって、鼻毛は一本もついていなかった。まあさておき。この本は1979に出た本の改訂で、扱っている事件自体は昭和30年代にさかのぼるものもある。検事、という仕事の中や警察の初動捜査のようすなどが良くわかって面白かった。濃鑑、敷鑑、土地鑑、キャップ、賍物(ぞうぶつ)という言葉が出てきて意味がわからない。警察用語のようだ。「人間の犯罪に関する心理というものはおかしなもので、自分の犯行についてはひと通り自白しても、死体や凶器などの隠し場所や捨て場所等については妙に供述を渋ったり、虚偽の供述をするものだ」
東海道に関係した本を三冊買った。『街道の日本史』20、21、『東海道の宿場と交通』。
3番目のものは静岡新聞社から2000年に出ている。10冊のシリーズもの。そろえたくなっちゃうじゃないか。本を買うために生活費を削り、本を読むために睡眠時間を削るような生活はイヤじゃ。
クレッチマーの『医学的心理学』を少し読み出した。みすず書房、絶版。借りてる本だが、返して古本を探そうと思う。
_ 道への思い。
道歩きの始まりは健康のための近所のウォーキング。飯やビールやタバコがたまらなく旨く感じられるようになると、たいていは東海道を歩き始める。500キロほどの道をすべて歩きおおせた経験を一度自分のものとしてしまえば、それからの生活は一変する。仕事中にふと「そぞろ神」にとりつかれたり、通勤途中天気が良いとそれが道祖神の招きのように思えたり。誰が待っているというわけでもないが、行けば自分をずっと待っていたかのように彼の地の景色が、風化寸前の石碑が、そこに暮らす人が、地名だけになってしまった舘跡や城跡が迎えてくれる。そのことは行く前から信じて良いし、決してその期待が裏切られることは無い。
HPを作り直しながら、自分の旅を振り返っている。東海道は2年、中山道は足掛け4年、そのあとは急展開とも言えるほどで、一年の間に太平洋から日本海まで地の裂け目に沿って歩き、日光街道も済ませた。今は北を目指す回帰の旅と心得ている。
歩いている人々のHPには素晴らしいものが沢山ある。狛犬だの一里塚だのマンホールだのの画像をつぶさにアップするというのもずいぶん普通のプレゼンテーションになっているようだ。私の旅の記録はそんな中にあってどういう位置を目指すべきなのだろう、と思う。別に何にも目指さなくてもいいのかもしれないが、単なる街道好きのおじさんにとどまって居たくないという、いささか大それたイタイ想いが日増しに強まる。
どこまでも理解を深めていくためにいろいろ調べること。そのためにできる限り一次資料をあたること。それが理解できるための基礎体力をつけること。効率悪いが、要領の悪い私にはさしあたりそれしか思いつかない。けれど、それは楽しい活動でもある。全ては快楽のためであり、その快楽のためのこと自体がまた快楽になっている。もう逃れられません。