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2006-01-15 「大門のテーマ」
_ 昨日の煩悩が後を引いているのか、ネガティブな一日。
_ 紫の服が好き それだけ
宛先書けない手紙ポストへGO
もう一度甘えたくて もう二度と会えないなんて
探してた(最後の台詞)夢に見てた故郷
星空にコマンタレブー
遠い故郷 困った礼文
あの日のメモリー 雪に変わればそこに
凍えたオヤジ ボンボヤージ
_ 「ホワイトストーンズ」の挿入歌です。2番もあるけど、お腹一杯です。
早く続編のDVD届かないかなっと。
2007-01-15 受験票届く。
_ いよいよ試験シーズン。ギリシャ哲学の聴講がはかどらない。なんか時間が足りないな、夕食食べるとだいたい22時の後半になってる。
去年買ったシュレディンガーの伝記、ちょっと読む。
2008-01-15 阿蘭陀びとと会議。
まあしかし良く考えると、日本語とは系統がまったく違う言語なわけだし、それが流暢に話せないことにコンプレクスを感じ続けていたわれわれの先輩の世代がわれわれに幾分ゆがんだ英語教育を押し付けたしわ寄せと言うのも無いわけじゃないだろう。。。
責任の押し付けは見苦しいな。
日本の言語や文化はあまりにも個性的で、他のどことも似ていないのだということに今日改めて気づいた。そのことに誇りを持てなくなったことは先の大戦の後遺症なのだろうか。だから誇りを持ちたい。日本のあちこちを訪ねてみて、どこに行っても豊かな歴史や営みのあることを見てきたわたしには、多分その義務がある。
しかしそれも多様性を認めたうえでのこと。同様の豊かさは地球上のどこにもあるのだろう。人の住まない環境にさえ。海外、ほとんど行ったことないけど。
これまでは「サムライイングリッシュ」と呼んで卑下していた怪しい英語を、「ハートフルイングリッシュ」と呼びかえることにした。なぜハートフルなのかというと、ボキャブラリも文法もめちゃくちゃだから、表情と身振り手振りで伝えるしかなくなるためで、こうなると最早ハートフルにならざるを得ない。そういうこと。でもちょっとは精進しないとな。間違ったことを伝えるリスクはなるべく減らしたい。
2009-01-15 ホルモー!(面白かった)
_ [読書][栗山千明] 『鴨川ホルモー』(読了)
映画の原作本を読んだのは、もしかしたら『バトルロワイヤル』以来かもしれない。どちらも私にとっての動機付けは栗山千明さんなわけで。
あの頃は、すべての役をあのストレートの長髪でやっていくつもりだろうかと思っていたのだが、時を経て彼女は最近ハゲヅラとか凡ちゃんヅラとかまげヅラとかを被るようになっている。
『鴨川ホルモー』は面白かった。折々先の見える展開もあるけれど、ありありと浮かんでくる描写にその面白さがあるんだろう。
と、いうわけで今日の会社帰りには『ホルモー六景』も買ってきた。ちなみに著者の名前「万城目学」は、「まきめまなぶ」と読むんだそうな。
_ 映画では是非ちぃにもしゃべらせて欲しいですね。
2013-01-15
_ 例によって電車で古新聞を読んでたら会田誠という人の作品がひどすぎる。「ジューサーミキサー」の中身はシラスじゃなくて女の子たちなんだって!ひどすぎる。こういうものに遭遇して「ひどすぎる」としか言えないあたり自分も凡人にすぎないと思う。でも「巨大フジ隊員対キングギドラ」はちょっと良いな。
_ 大島渚、逝く。
そういうことなので、追悼のために「愛のコリーダ」を買って見ようかと思ったが、完全版だとちょっと高い。どーすっかなー。代わりに大島渚の曲を聴くかな。カルフォルニアの青いバカ。
_ google+を使い始めようとしてるのだが、なんかこのアプリ何でもかんでも公開してしまいそうで怖いわ。。。使い方間違うと人生詰む。
2014-01-15
_ しまったなあ、今日が歌会始だったのか。披講が聴けるほぼ年に一度の機会だったというのに。かくなる上は自ら歌を詠進して松の間に参内するしかないのではないか。ちなみに来年のお題は「本」。本には思うところは数々あるのだし。
_ 超離散表現と、Azzaliniの歪んだ分布関数という二つのトリックを組み合わせると、物理的意味とかはともかくとして現象を救いかついたるところ微分可能な一価の関数がいくらでも構成できてしまうようだ。これにふさわしい、線形時間で解が得られる最小二乗法のやりかたを指定できれば鬼に金棒、仏に御坊、尼に女犯坊だ。
ステマのつもりはないのだが、俺んちのあるあたりに灯油を配送してくれる得難い業者を見出した。これでいろいろ捗る。 ゼンギョウサービス。横浜・川崎あたりで巡回。メールで注文もできる。ありがたいこっちゃな。
_ あーりんが自宅で足を骨折。佐々木プロかわいそう。。。
2015-01-15
_ 大あんまき買ってきた。
_ 4本入りで700円強。一本の大きさは中華まんじゅうの方が大きいが味のバラエティと知立という歌枕のネームバリューによってこちらが勝っている。重要な問題は賞味期限が明日であるということだ。
_ 歌会始。
今年はちゃんと録画できてた。小林の理央の歌。「この本に 全てがつまってるわけぢゃない だから私が 続きを生きる」利発そうな若者の歌。
2016-01-15
_ I never said I was a victim of circumstance.
ほとんどこの1フレーズだけのためにBilliy Joelが好きだ。
自分が何かの犠牲になっていると言い訳して自ら成長することを全く止めてしまうなら生きていく価値は自分には無い。その意欲が消えたときこそ自ら破滅を選ぶときだろう。つまり、そう考えられている今は大丈夫なのだと思う。
2017-01-15
_ 買い出しの後はいつもスーパーそばの池のある公園の脇を通る。先週のこと、その池を眺めてみると、見慣れない鳥が何羽もいる。カモメのようだ。横浜と言えどここから海は遠い。しかし考えてみれば、カモメは魚とは違って水辺でなくては生きられない訳ではあるまい。どうしてカモメは海浜でよく見られる鳥となったのか。むしろそちらの方が不思議だった。
_ クリーニング回収して床屋行って買いもの行き、帰宅して下ごしらえ等終わると16:00。「笑う洋楽展」の録画見ようとしたら、塚本高史と比嘉愛美の出る千住を舞台にしたドラマの番宣が録画されていた。比嘉愛美が口の悪いシングルマザーの役で出る。塚本に罵声を浴びせてるシーンが脳内で勝手に言葉責めプレイに変換されてちょっと興奮した。見よう。2/15,22:00からBSプレミアム。
_ [放送大学] 試験前に悩む。
ニューラルネットワーク続き。階層型の計算の原理はなんとなくわかったような気がするが、入力層、出力層、中間層に対してすべてのネットワークを計算に使うのではなさそうなので、それがどのように端折られているのか、ということが私の疑問であるようだ。ここから先は計算アルゴリズムのことになるのだろうから、試験対策的にはさておいても良いことだとは思うのだが…煮え切らず。
_ 遅い時間になってしまったがジュウオウジャーの録画を見ている。戦隊シリーズもこれで40作目。少なく見積もっても200人以上のヒーローがこのシリーズで生まれている。200人の集団は社会学や心理学の対象としてもそろそろ充分なサンプルなのではないか、なんて考えた。ヒーローを演じた人間のその後の行動なんて、面白いテーマだと思う。戦隊ヒーローはチームプレイを中心に活躍するところが他の特撮とは違うので、演じている最中に演者相互の影響もそれなりに複雑だろう。
ついでに仮面ライダーエグゼイドも見始めたが、年が明けてから気になっていることがある。スーパーヒーロータイムでフルタ製菓のCMが流れなくなった。結構好きだったんだよ、戸松遥が的外れなこと言うCMとか最近の古田織部のエブリワ〜ン♪のコマーシャルとか。ちょっと淋しい。
2018-01-15
_ 夜ヨガ。久し振りのスパルタン・インストラクタさんにたっぷりとお年玉を頂戴した。その名を筋肉痛という…。右の太もも裏が弱いのを指摘された。先生に僕の身体の恥ずかしい秘密を見抜かれた、アッー♡
2019-01-15
_ 休み明け。やはり少し寝不足だったらしく、昼休み目を瞑っていたら午後の始業時5分くらい過ぎてしまっていて慌てる。昼、久し振りに雨。帰り道で、気になっていたサクライ現代の量子力学の上巻をついに買ってしまった。冒頭からスピンが出てくるのが昨日辺りの問題意識にマッチしてた故。沢山の本を買っている。これらを読み解いていく能力が残っているならば引退後も退屈することはあるまい。うまく出来なくても好きでいる自由はあるはずだし、もしかするとそういう時に学ぶ方が色々しがらみや義務やら試験のプレッシャーやらが無いのだから、そういう時にこそ望ましい勉強が可能となるのかもしれない。あはは、現実逃避。
_ [アニメ]「どろろ」
年明けから深夜アニメで「どろろ」が始まってる。見続けるかどうかよくわかんない。とりあえずOpの歌詞にもEdのそれにも「ほげほげたらたら」って出てこないのがすっごく違和感ある。
_ つづき。前半見た。なんか面白い。百鬼丸は、生まれた時から乙武さんどころじゃない五体不満足で、通常の人間の五感はほぼ使えない。どろろとのやりとり(といっても百鬼丸は話すことも聞くこともできない)を見ていて、これは生まれてすぐ人間社会から隔絶された、所謂「野生児」というものとして描かれている。なんかこの先が楽しみになってきた。百鬼丸はどのように人間社会と係わっていくのだろうか。たとえば口がきけるようになった途端にめちゃくちゃおしゃべりだったりしてw まあ録画は続けよう。つづく。
_ 後半。万代さんは百鬼丸に倒される。金小僧は村人に殺されたお遍路さんの霊、というか金魂というべきものだろう。旅人を殺した村が栄えるというのは日本の伝説にはたくさんあったと思う。でもこれ、民俗学の知識というよりも諸星大二郎の漫画で知った知識だからなあ。ただ、旧街道を歩くと「座頭転ばし」とか六部の墓なんて呼ばれるところがあちこちにあるので、そういう言い伝えはどうもあるように感じる。そんなことも想起させるなかなか凝った構成と思った。決めた。次も見る。ちょっとしか見てない第一回も…あ、だめだ。もうすでに消去してた。早まったなあ。つづく。
2021-01-15
_ 月曜は休日で特別スケジュール、水曜は立て込んでて無理、という訳で今宵三連休明け初めてのヨーガクラスへ。短縮時間になっていたのであっという間だったが、時間が短いと言うせいだろうか、結構ハードめなメニューで明日の筋肉痛が楽しみという。帰宅。お風呂も食事もまだ。またしても出前館で、今日はカレーその他を頼んだ。いつもより待ち時間は長くなり、どうも予約サイトのサーバーの応答も悪いように感じた。緊急事態の期間はまだまだある。明日も「あっぱれ!KANAGAWA大行進」は再放送なのだろう。「かながわ旬菜ナビ」はまだ撮り溜め分があるのだろうか?この手の外でロケする番組はそろそろ何か新しいことを始めるべきなのかもしれないな。しかしかと言ってスタジオロケが主体になってしまうと、ただの情報番組になってしまうかもしれない。いや、何かやり方はあるはずだ。2度目の緊急事態は、見かけ上は初回のそれに比べて緊張感が弱く感じる。しかし多分事態はより深刻で、何よりもこれまでの経済の落ち込みが解消されていないところが問題だ。ライフラインも脆弱になりつつあるのだろう。寒いけど少しは節電など心がけるべきなのだろうか。うち、古いからマジやばいんだけど。本気で、貧しくなりつつある世界を受け止める覚悟が必要なのかもしれない。こうなるまえからすでに人の心的豊かさは落ち込んでいたと思う。それを物的豊かさで補っていたのだとしたら、考えかたをガラッと変えなくてはならない。それができるだろうか?みんなが貧しくなるなら耐えられるのかもしれないが、今更ウォッシュレットの無いトイレや入浴は週に一度で暖房は火鉢しかなく下手をすれば冬は部屋の中に氷柱が下がるような暮らしに、戻ることができるのだろうか?厳しい戦中戦後を生きた人たちならばそれは耐えられる、と言ってくれるかもしれないのだが、残念なことにその世代の人々もだいぶ減った。とても現実には思えないが、10年後のこの日記(サーバーが稼働している状況であれば、だが)を読むことは今からなんだか楽しみな気もする。あの頃は豊かだったなあ、なんて。あ、まてよ。バブル崩壊前後で少し貧しくなったんだっけ、世界は?いや、あれは本当に泡沫のようなものだった。今度は本当に貧しくなるのだと考えても驚くにはあたらないだろう。こんな悲観的なことを平気で書けるうちは余裕があるんだが。しかし例えばひと月後とかはもう分からない。アタラクシアを求めるより他に無い。
2024-01-15
_ ここ数晩はとりわけ寝床で漫画を読み耽っているのです。『風と木の詩』『からん』『ちづかマップ』『進撃の巨人』『新九郎、奔る!』など、一冊ずつ読み進んでいるものの他に、溜め込んでいた『銀河鉄道999』に手を伸ばして今、第9巻。大体全体の半分まで来た。ああっ、こいつらまた定期券盗まれてるよ。学習しないなあ、鉄郎もメーテルも。あと、鉄郎の戦士の銃は一度人にあげてるみたいなのにいつの間にか取り戻しているような。まあ細かいことを気にしていては松本零士さんの漫画は楽しめないことだろう。で、この漫画読んでて一番感じることは、「ラーメン食いてえ!」と言うことなのだった。
_ きだ [こちらでは放送されないようで、地方暮らしの悲哀を味わいそうです。]
_ けい [ふーむ。MBSとか視れそうなもんですけどね。わたしはサトエリの出てた「惑星スミスでネイキッドランチを」を放映してた時..]