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けいりう堂日記

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2004-03-12

_ 依頼仕事の進捗をたずねに神保町へ。

帰りにカーマという店でカレー食べて大満足。


2005-03-12 国会図書館へ。/ゲーム『クミとクマ』/『グレネーダー』第10話

_ 午前中、国会図書館へ。『群馬県歴史の道調査報告書』をコピー。全頁コピーのために群馬県教育委員からいただいた許諾書を持っていった。原本を提出せねばならないので一度で全頁複写してしまわなくてはならないということになる。

フリーのRPGゲーム『クミとクマ』、終了。関西弁のクマの台詞がいちいち面白かった。「RPGツクール」で作られている。

_ [漫画・アニメ]『グレネーダー』第10話「天都入り」。第10話にしてやっと、琉朱菜が「グレネーダー」であることが判明。全12話だそうなのでもうすぐ終わっちゃうなあ。


2006-03-12

_ [読書] 『科学を絵に描いた男 田中豊一ゲルの世界を拓く』

朝のアニメと特撮を見てから少し寝ると午後になっていた。胃弱と昨日のウォーキングの疲れが出ていたらしい。

市立県立あわせて9冊も借りていた本を返しに。リュックの重たいこと。

SPC・最適配置などの本を借りた他、何となく『科学を絵に描いた男 田中豊一ゲルの世界を拓く』を借りてみた。

田中先生はゲルの膨潤・収縮が相転移現象を示すことをはじめて見出した人で、この辺りの成果は1980年代後半くらいのことだったと記憶している。ほぼ同時期に、ゾル=ゲル転移という別の相転移現象が気=液相転移や磁性相転移などの臨界現象と同様の普遍性を持つものである、というフランスのde Gennesに始まるトピックもあって、高分子の世界の中にこのブヨブヨが、まさしく膨潤していた。

学生時代にこのゲルを研究テーマにしていたこと、会社に入ってまもなくこの田中豊一さんの公演があったことを思い出しながら半分ほど読んでみた。学生時代の恩師なども筆を寄せている。

ここまで読んで面白かったのは、うんと初めのほうの、高分子の絡み合い相互作用などの理論に大きな業績のある土井正男先生の書いた「ゲルの物理学と田中豊一」という文章。イントロにふさわしく田中先生のあつかった仕事を非常にわかりやすくコンパクトに記述している。眼を惹いたのは「田中博士の論文を読むと式の展開など、細かな点では納得のいかない点がたくさんあります。けれど大筋では間違っていません。それは、田中博士が、頭で考えると言うより、心の中に全体の絵を描いてそれを語っていたからなのでしょう」という記述だった。

この種の分野との縁は全く薄くなってしまったが、事を為すということの厳しさと、その峻厳な壁を越えた境地でしか味わえない楽しさ、なんてものに想いをいたし、読む程に少なからず冷静でいられなくなるようだ。

こんな感情も春には似つかわしい。


2008-03-12 梅咲いた。アネモネも。バラもそのうち。

梅の花 庭の梅が咲いてます。
アネモネ アネモネのつぼみも。明日は開いてるかな?
薔薇が咲く…のかな バラも復活。
庭はほったらかし。実は見るに見かねたお隣の奥さんが暇を見て何かと世話してくれてるんだった。良くお礼しとかなくちゃ。。。特にバラは枯死寸前のにマルチングとか馬糞をあげてくれたりとかいろいろしてくれてた。

丸裸の山椒も芽吹きだした。ニシンの山椒漬けでも漬けたらおすそ分けしようか。 しかし私の如き者の手作りの食物なんて、胡散臭がられやしないだろうか。。。


2009-03-12 正しい扉。

_ [漫画・アニメ] ソウルイーターの録画を見てる。

1/23に放映してたやつ。つぎはぎだらけのシュタイン博士が、狂気に取り込まれそうになった挙句、子供時代の自分と出会う。子供のシュタインは、現在のシュタインに告げたのだった:

「だから僕を呼んだんでしょ」

そして迷いの中にある大人のシュタインに道を示すのだった:

「正しい扉を明けて出て行くんだ。君の求める世界が待っている」

と。大人のシュタインにとって、出て行くべき扉はその時ただ一つに決まったのだった。。。

やはり良いな、「ソウルイーター」。期待を裏切らない裏切り方だ。

_ こういうご時世になると。

危機意識とパニックを取り違えて上から下まで浮足立ってしまうわけで。それでおのれらだけが浅ましさをさらしているだけなら目をつぶってやり過ごすこともできるのだが、そんな奴らがよりによってこの俺の有様や行く末にまで干渉しようとしたり、「君の今後の人生を思えばこそ」的なことを言いながらその実思いつきの支配欲を満たす快感に溺れていることを自覚できていなかったり。でも確かに世界の物質的な相はそういうもので左右されていたり。

そうなるともうホントに私たちはサイコスフィアとか人間のいない世界に逃げ出す他はない。常識的な世界、常識的であることが唯一正しい行ないである世界、原始的な能力だけがキー・オブ・ライフであり続ける世界。自然科学上の法則だけが法律足り得る、厳しく、そして絶対的に公平な世界、極地のような、清浄な世界へと。

まあ、どこに行こうと自分であり続けることをやめることはきっとできないんだと思う。そうじゃない自分になるということはどんなに苦しいことだろう。

なんか人の悪意だけがピリピリと感じられてしまう。きっと、松本清澄の小説を読んでるせいだ。松本清澄は嫌われ者を描かせたら天下一品、と今感じている。

_ ひだまつりについて。

「三月三日はひだまつり」ってことですが、今やケン月影ではなくて「ひだまりスケッチのおまつり」ってことになっちまっているようですな。怒れよケーン! 暴れろケーン! 進めむっちり臀部のケンー!

ケン月影の描く女性はまさに「太り肉(じし)の婀娜(あだ)な年増」だぜ、ちっくしょうべらんめいやりてい。

_ [統計学] 大急ぎで付け加えておかなきゃいけないこと:管理図について。

「管理状態にある」ということはすべての点が管理限界の内側にあるという意味では無い。しかしこのことは多くの人によって誤解されている。

管理図の世界における「管理状態にある」ということは、(たとえば)99.7%以上のデータが管理限界内にある、ということだ。もっと言うなら、データがとある平均値と分散で特徴づけられる正規分布とかポアソン分布に従っている、という約束事に他ならない。

つまり、0.3%のデータは管理状態にありながら偶然管理限界を超えてしまう、ということなのに、実際のところそれを意識している人は少ないのではないのか??そして言うのだ。「管理限界を越えたのだからなにか異常なことが起こったのだ」と。「本当に異常なことが起こった」から管理限界を超えたのか、0.3%の確率ではみ出したにすぎない正常なイベントなのかを突き詰めることは、管理図を正しく理解している人でさえ調査しようとはしていないだろうから。そしてそれは手間のかかることであり、シューハートの思想からは外れてしまうことなのだから。

良く似た誤解の例には、抜取検査をしているというのに(そして自ら”サンプリング検査”と呼んでいるにもかかわらず、だ!)そのことをすっかり忘れてしまって、「なぜ全体が見えていないんだ?なぜ見逃すんだ?」と怒り出す人がたくさんいる、なんていうのがある。

リスクというのは危険な事象がおこる確率なのであって、リスク低減はあってもリスクが恒等的に0にはなりえないのだから。このこともリスク管理をやかましく言う人ほど誤解しているのではないか?

こういう誤解は文化の問題として解いていかねばならない。それほどに根が深い。因果律だけが世界を支配しているのではないということは、量子力学やユング心理学を学んだ人でさえ十分に理解しているとは言えない。概念を理解できても実感としてはやはり了承しにくいものなのだ。21世紀の現在であっても、たぶん。それほどに因果地平は遠い。ソロシップのクルーでもたどり着けなかったほどに。

はいはい、最後はどっちみちオタクネタですわ。


2011-03-12

_ レンガ。

TS3M0249

タモリ倶楽部で放映していた綱島温泉跡のレンガ塀。今日は地震の影響でジムがお休み。コーヒー飲んで新聞読んで、レンガ見て帰ってきたが、今日は新聞も写真多めで記事少なめ。今日も寒い。被災地の方々の苦労が思われる…。

_ 実家の方々から「日記見て安心した」のメールが来てる。公衆電話に並ぶのも面倒だったのでとりあえず世界に自分の無事を発信してしまったけど、もっとちゃんと連絡取るべきだったかも、なあ。北海道も揺れたらしい。30数カ国が日本への支援を表明してくれている。国際社会の中にあることを初めて実感したように思われる。

夜。原子炉に関してはちょっとニュースが交錯しているかもしれない。メルトダウンが起きたかという報道が一度はあったが、そうではなかったようだ。とりあえず電力が足りなくなると言うのでなるべく節電しようかと。

岩手・釜石港の津波の映像を見ている。「津波」と呼ばれていてもいわゆる波では無く、海から大量の水が押し寄せてくると言った方が相応しい。これに飲まれたら1m程度の波高でもちょっと無事では済まないだろうと思う。被災者の一人が「悪夢としか言いようがない」と言っているのも当然のことだと思う。全てを失っても命があるだけでまだ良いと言っている人もいる。それも嘘の無い言葉だとつくづく知れる。そして何より、この災害はいまだ続いているのだ。


2012-03-12

_ [怒りの日記]  怒り3つ。

ジムでヨガ。体重測ったらやはり増長してやがった。ちくしょう。

それなのに蒸しパンでも作ってやろうと思って甘納豆買って帰ったらベーキングパウダーが無いことが判明した。ちくしょうちくしょう。

昨日の「平清盛」の録画見てたらオープニングからセッキスしやがってた。ちくしょうちくしょうちくしょう。

_ …怒りの日記って、こんなんでいいのかなあ。。。


2013-03-12

_ 久しぶりに持ち帰り仕事。本来やるべきじゃないのはわかってるが、仕方のない時もある。


2014-03-12

_ 少々微妙な話題を書き続ける可能性があって、その記事は俺を個人として知る人とそうでない人とで受け止め方が非常に異なることを懸念している。懸念と言う以外に他意は無いのだが、念のために現在ツッコミできない設定になっている。どーしても突っ込みたくて仕方のない人にはやむをえぬ、俺の菊座を差し出す覚悟をしてみる。←まさにLMFAOって感じだな。


_ 早帰りして「ピエール瀧のしょんないTV」見ながら焼きそば食べる。ネットで見つけた動画が頭から離れなくて困ってる。「すいませーん おじさーん」で始まるやつ。どうしよう。。。


_ そういうわけだから、歌は良いなあ。リリンの生み出した文化の極みだよ。 18歳がアカペラ+26種の楽器でスティービー・ワンダーの"Don't you worry 'bout a thing"を演奏しているのを聞いて、確かにすごいと思った。才能を妬ましくも感じた。それにしても、やはりこのメロディラインは只者ではない。スティービー・ワンダーの天才ぶりに改めて畏れを感じている。ディーリアスのメロディを悪魔の作った曲のように美しいと表現したのはコリン・ウィルソンだったっけ。およそ芸術の中で、その成立の歴史上もっとも早い段階で完成形に近づくことのできた分野はひとえに音楽であると俺は信じる。古い映画の映像表現や物語は、その時代の背景の知識が失われると陳腐なものとなり失笑を禁じ得ないものとなってしまうことが多いのに、ひとり音楽だけはそのような背景知識なしに、それが生まれたときから今に至るまで完成形であり続けることが可能だ。良い音楽には生み出された途端に永遠の命が備わり、ヒトの歴史から消え去ることがもはやない。物語の中にもそういうものがあって、世界中に共通する神話に語られる親子や恋人たち、兄弟たちの物語や冥界への旅、大洪水の記憶などは永遠の生命を得たものであり、人の生涯の単位で数限りなく繰り返されるものだ。だが視覚的芸術は、あるがままの世界のビジョンとそれを比べたときにどれほどの命を永らえるものなのかはちょっと疑問だ。ならば人の手になる音楽よりも、波の音やせせらぎの音(この音をiPodに入れていつも聴けるようにしておくことを俺は勧めたい。これがあれば、耳障りな子供の鳴き声や空虚な会話、酒や酒以外に酔っている人の戯言から我が身を守ることができるからだ)の方が芸術として完成されたものとみることはできるのかと言えば、俺にはせせらぎの音を芸術ととらえることはできない。美しい渓流の景色はある種の芸術であると思いなすことができるのに、だ。美術を鑑賞することができない俺にあっても、自然が美しいことは理解できる。それがありさえするなら、その作品の成立にかかわる情報を得るため以外に美術館に足を運ぶ特段の理由を感じられない。だが音楽は、ヒトの手になるものであってもいつも求め続けるに値するものなのだ。だから渚カヲルは歌をリリンの芸術の極みとよんだのだろう、と思う。


2015-03-12

_ いかん、もういかん。もうイカちゃんだけが俺の救いだよ。というわけでイカ娘新刊ちょいちょい読んでしまう夜。落ち着かず。


2016-03-12

_ 英会話。昨日の震災の話などする。帰宅後、久しぶりに放送授業を学習。「認知神経科学」。テレビの授業がネット配信されている。便利。


2018-03-12

_ 今宵のヨガはまた一段とキツかった。片足ずつ太もも伸ばすと腰の向きが曲がってしまう。これは鍛え甲斐があるぞ、我ながら。にしても。普通ヨガのクラスでは「ヨガは痛いことはしません。痛いと思う手前で止めましょう」みたいなこと言うと思うが、毎週このクラスのヨガは、まるで痛くなくてはヨガではないとでもいうようなキビシサなのである。筋肉痛が翌日に出るどころじゃない。終わって2時間ほどの今、すでに筋肉痛が出てる。でもなんか心地良いのは何故。私は真性マゾなの?家畜人ヤプーなの?瀬部麟一郎なの?インストラクタの人はクララ・フォン・コトヴィッツなの?さすがにそれは違うだろうな。こないだ紀伊国屋のポイントで買った「家畜人ヤプー」がもうずっと枕元にあるので、床に就くたびになんか変な感じがしてる。ほかにも水木しげるさんの漫画とか「売笑三千年史」とか「シュレーバー回想録」とか成瀬雅春さんの瞑想の本とか和尚ラジニーシの瞑想の本とかがきデカとかが枕元にあるので気にし始めるといくらでも寝不足になれてしまうのだった。


   今日買った漫画単行本新刊は3冊。ゆるキャン、闇金ウシジマくん、ぼくらの蟹工船(唐沢なをき)、いずれも新刊。感想は後日。前2冊は既読。

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