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2005-02-25 『サトラレ』第8巻(ネタバレ)/『ふたつのスピカ』第1巻/Cマガジン2月号/「おてちょ(Drop Me A line)」/Lambert
_ [漫画][アニメ] 「サトラレ」「ふたつのスピカ」
『サトラレ』第8巻出てた。巻を追う毎に自分がサトラレと知ってしまうサトラレが増えていく。この巻で第一部完。再開は夏になるらしい。山田教授がサトラレを保護する立場に宗旨替えしていた。西山君死亡。
『ふたつのスピカ』第1巻、NHKのアニメ見ていて先の話が知りたくなってとうとう買ってしまった。放映と合わせながら少しずつ読んでいこうと。近江圭ちゃんは漫画ではメガネっ娘。アニメのほうがらしい感じで良い。
_ [コンピュータ] Cマガジン2月号買う。
「プログラミング今昔」という記事が面白い。マシン語は慣れると高級言語よりデバッグしやすいんだそうな。この境地はわたしに訪れることは多分無いだろう。ダイクストラはAlgolの開発者。今でもアルゴリズム関連の文献にはPigin Algolという言語でアルゴリズムが記述されている。バグという言葉は、ハーバード大で使っていたMarkIIというコンピュータのリレーに挟まっていた蛾をグレース・ホッパーが取り除いた(デバグした)ことから始まると。ホッパーはCOBOLの母。
_ 仕事の関連で「一筆書き」を英語でなんと言うか調べてたら、一筆啓上のことをdrop a lineと言うのを知った。矢野顕子の曲に「おてちょ Drop Me A Line」というのがあるが、「おてちょ」とは「お手紙ちょうだい」という意味だったのかと、曲を知って5年も経った今知った。
もう1つネタ。光の反射や透過で有名なLambertはカントの前駆と呼ばれる哲学者だった。
2006-02-25 猫のお見舞い
_ 骨折で入院中の猫のお見舞い。と言っても特に何も持っていったわけじゃないが、面会に行った。
時間があったので、病院そばの公園でひなたぼっこした。いい季節になってきたね。梅も咲いてる。水鳥も遊んでる。
病院で猫に合うと、なんだか家にいたときより神妙にしていた。早く帰りたいのだな、と思う。ポッキリの原因は良くわからないが、命に別条が無くてよかったと思う。なんかオレよりも看護婦さんになついているようにも見えたが。。。
保険が無いから幾ら掛かるのかビクビク。
_ [漫画・アニメ] 『交響詩篇エウレカセブン』DVD8/『創聖のアクエリオン』DVD8/上野顕太郎『夜は千の眼を持つ』
アニメDVDはいつもの如く面白く拝見させていただきました。エウレカDVDはedがハルカリになったばかりのあたりで、チャールズとレイが相次いで死ぬというレントン少年にとって非常に重要な回。特典でボックスがついている。アクエリオンはop「Go Tight!」がかっちょいいなあ。来月でおしまいかと思うとホッとするんだが、近頃「Blood+」が気になってきているので…。
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しかしこの日の収穫は、何と言ってもうえけんの『夜は千の眼を持つ』。ものすごい漫画だ。初期の頃の帽子男は本人も認める泉昌之のパクリにしか見えなかったのだったが、五万節のシリーズから恐ろしい男だという印象が芽生え、爾来無視することのできない漫画家さんとなったのでした。
この本は1260円+税なのだが、ギャグ一話当たりの値段に直すと17円以下なのだそうで、ものすごく経済的な漫画だ。圧巻なのは、一ページで「レ・ミゼラブル」全てのストーリーを描ききったというヤツで。漫画の持つ力というものを見せ付けられた思い。うえけん、サイコー。この作が代表作、みたいなトーンがあちこちに見られるけど、描き続けて欲しいです。
2009-02-25 なんかまた間あいちゃったな。
_ 東京の真ん中に外出。
例によって品質管理っぽい議論を同業の人々と語り合う。苦し紛れのプレゼンはちょっと受けたのでうれしかった。
_ 17時に終わって、ちょっと神保町に寄るかと思ってぶらりと皇居の方に向かう。そういえばこの辺に将門塚があったんだと思いついてお参り。都心のここだけ、やはり周りと違う雰囲気がある。熊野湯の峰で会ったサイキック・プリーストとその連れの女性ならどう感じるだろう?しかしその雰囲気の理由の一つは供養塔の達筆のせいでもある。いかにも大いなる何かを供養するにふさわしいような字体に見えるのである。
_ まあそういうところをたまにたずねるのも悪くないと思う。この大いなる気によって小さいが無視できない多くの邪気を跳ね返すことができるのではないか、そんな風に思った。神田明神はそういうわけで、もとはここにあったのであろう。
2011-02-25 「ありがとう、50周年」−うなぎパイ−
_ [食べ物・飲み物] まじレス。
寝る直前にコーヒーを飲むことは良くある。それでやはり寝付きには影響があるようだし、そのせいなのか日中も瞼がぴくぴく痙攣したりする。というわけで、自律神経を休ませるために、寝る直前はカフェインレス珈琲を試すことにした。南蛮屋で売ってるヤツをとりあえず100g。その名も「まじレス」。思ったよりもおいしい。タンポポ珈琲よりはかなりまし。
_ [食べ物・飲み物] うなぎパイ。
50周年だそうで。イメージキャラクタはゴーオンジャーの黄色こと逢沢りなだった。風になびく髪でサクっとうなぎパイを噛み折る逢沢りな。旨そうだぜ、どっちも。
んでこのCMでは「うなぎの呪文体操」というのを踊る。夜のお菓子だけあって登場人物皆寝巻のようなのを着てるが色が赤なのが悩ましい。赤はうなぎパイのイメージカラーであるらしく、まむしドリンクの色をパクったんだそうだ。やるなあ、春華堂。
「うなぎーぱいぱいぱーい」と間の抜けたように歌ってる歌手は最初静岡のご当地歌手と思ったが、なんだか聞き覚えのある声だし歌詞が「あこがれにうながされ あああ」のあたりでピンと来るものがあった。おお、やはり小椋佳だったか。いいなあw
この記事書くために春華堂のHPあちこち覗いてるんだが、なんとうなぎパイ1本には蒲焼100g分のビタミンAが含まれているッ!あんまりだああああ、Heeeey。
2012-02-25
2014-02-25
_ 「来いよ!」─渡部篤郎─
3回続けたが書き込むの遅くなったしもう駄目かな。まあモノマネは飽きるまでやり続けると思うが。そういうわけで、来いよ。
_ 帰り際に近所のツタヤに寄ったら諸星大二郎の新刊発見。稗田の子供とかなんとか書いてある。そこでは買わずに帰宅してアマゾンでボタンをポチン。
ポチン、ポチンって何回も続けて言ってみな。いやそんなことはどうでもいい。来るの楽しみ。でも土曜まで受け取れない。定時日の水曜も何度かキャンセルを入れてしまった英会話の補習なの。宿題いつやればいいのよ。
2015-02-25
_ 夕刻のジムは中止。少しうとうと。ハンバーグ食し団子食す。サンティアゴ巡礼行きたい。熊野街道も終わってない。四国八十八か所もあった。
_ 何らかの意図によって行われる情報伝達のことを「コミュニケーション」と呼ぶことにしよう。ただの情報伝達と異なるのは、それを行うことで何かを得る期待があるということである。だから、マルコミュニケーションとは、情報伝達があるにも関わらず期待が実現しなかったということを意味する。意味は伝わっていても、意図が達せられなかったために「マル」なのである。
次に、その「何か得」られるべきものの概念をわずかに広げてみる。それはたとえば未来予測の確率を向上させる、ということも含むとする。経済学的な指標になるように工夫すれば、これを得た情報量を経済効果に換算することができるので、得られたものはその経済効果として定量化できるであろう。
だがこのように得られるものを拡張するなら、ただちに、情報伝達のスピードと量の二面から、いずれは人と人のコミュニケーションが機械と人、機械と機械とのコミュニケーションに凌駕されることだろう。同じ経済効果を生むために必要なコストは、単に通信やデータ処理の技術の進展ばかりでなく、人間にとってのコスト、たとえば気苦労を含む労力や対人関係の悪化でこうむる不利益などを考慮することによってさらにその傾向が加速される。
一方その対極には、人と動物のコミュニケーションというのもあった。その両極に共通なのは異文化ではなく非・文化コミュニケーションということ。そうよ、単にこれが言いたかっただけなの。このウェブページには有用な情報は何もない。アクセスする人は絶えずマルコミュニケーションを経験することになるのである。
_ なんかFFだとフォントがガサガサして切ったねえきったねえなあと思ってたが、コントロールパネル>デスクトップのカスタマイズ>フォント>Clear Typeテキストの調整で綺麗になった。何で勝手にやってくれねえのよ、マイコンピューター。
2016-02-25
_ [物理学] ランダウ、力学。
昨日は二つくらい運動方程式を立てる演習問題やってみた。こういうのはやはり練習なんだと思う。今のところ、ダイレクトに力のつり合いから運動方程式を立てるのとラグランジアンを用いてラグランジュの運動方程式を立てるのとで便利さの違いを実感することはできていない。合成速度を勘定に入れるのを忘れたりとか。そういえばまだ、これらの運動方程式を解くということをやってない。演習の後は運動方程式の積分という章になる。いくつかの解はここで得られるんだろうな。でも解けなくても有用な情報の得られる場合もおそらくあるのだろう。こうやって、いつかはエミー・ネーターの定理に行きついたり、シュレディンガー方程式を構成したり、ということができるようになることが目標。学生時代に飲酒に耽溺することなく教科書を売りとばすことなく素直に勉強できたらどうだったろう。きっと俺、本分から逃げてたんだろうな、と思う。今こんな勉強してるのも、本来は社会人として仕事にでも精出すべきところを、やっぱり本分から逃げてるのだと言わざるを得ない。まあしかし学生時代に比べて格段に有利なのは、高い教科書を買うのに迷いが要らないということだと思う。何度か書いてるが、自分への投資として一番リスクが低いのはその分野の専門書を買うことだから。何も起こらなくても、その時のモーティベーションの証として、その本が残る。それでいいのだ。持ち続けていれば20年後にそれを紐解く機会が訪れることだってある。必要なことは、少なくともそのくらいの長さは健やかに生きていなくてはならないということくらいだろう。
2017-02-25
_ [ドラマ] 重版出来!
最終話まで見た。オダギリジョー扮する編集者の担当する小日向文世扮するベテラン漫画家(作中の漫画を担当したのはゆうきまさみ)が芸術賞を受賞し、スピーチで筆を折るようなことを言っておいてからの若手を意識した挑発に泣かされてしまう。漫画と共に生きてきた。漫画家になることは夢だった。そうはならなかったが、相変わらず漫画と生き続けている。雑誌の定期購読はしなくなったものの作家で選んで買った単行本は捨てられずに増え続けており、今も寝床を侵食し続けている。そういう訳で没入感が半端無かった。「ピーヴ遷移」、読みたいよ。ためし読みできる。全話読みたい。重版掛からないかな。
_ [アニメ] 「龍の歯医者」
一番印象的なシーンのことを書くと、それはNHKのアニメで放映された生々しいベロチュウ描写。さらには大量の首チョンパ。こういう凄惨なシーンを描く作品はたいていそれを暴力や戦争の悲惨さを表現するヒューマニズムにもとづく表現であるとかなんだかおかしな言い訳をするものだが信じてはならない。そういうエログロが描きたかっただけに過ぎない。虫歯菌が邪悪な存在とかいう設定も落ち着いて見ればなんかおかしい。それでも作るのには物凄くお金が掛かるんだろう、回収に必死なのは滑稽だ。ヒロインのCVがまた時の人である清水富美加だというのがなんとも物悲しい。この作品に、過激な表現を使っても伝えたい何か、のような大義はあると思われない。いろいろと面白かったが見たいアニメってこういうものじゃないように感じてしまう。やはり日本のアニメーションは白蛇伝や太陽の王子ホルスの大冒険あたりですでに一つの到達点に達してしまっており、それらを超えるような画期的な作品は出ていないと言っても良いのかもしれない。いろいろと否定的なことを書いているのだがこれでも悪い作品ではないと思っているし、アニメは好きな方だ。この複雑な思いは自分にもよくわからない。先週はこの番組を見て「アニメって良いな」とか書いてたが、その気持ちは変わっていない。アニメは良いものなんだが、ほとんどのアニメ作品は妥協の産物という限界を超えることに成功できない。この問題もまた経済学的に説かれるべきものかもしれない。
2018-02-25
_ [音楽] ポプコンの時代。
アマゾンのお急ぎ便でお買い物すると、アマゾンから配送の日時を指定されて、それはヤマトさんの場合だとMyカレンダーを無視した配送となってしまうのである。はじめそれはヤマトさんの不手際だと思っていたのだが、そういうことでもないらしい。それで直接営業所に、今日は受け取れないから明日の午前中に、と電話したのが昨日の午後。それは確かについ先ほど届いた。いつものBD50枚、そして"POPCON AGE CRONICLE 1975-1977"。ひとえに、ここに収録されている中沢京子「待ちわびて」が聞きたかっただけだったが、NSPの天野滋のソロ曲「歌は世につれ」や、渡辺真知子が"PIA"と名乗って歌う、大作の風格のある「オルゴールの恋唄」、切ないフォークにちょっと似つかわしくないパイプオルガンで始まる因幡晃「わかって下さい」、この後快進撃の始まるツイスト「あんたのバラード」…。
ここに収録されている曲を聴いていた時の私は高校に入る少し前ということになる。コッキー・ポップというラジオ番組があって、どうやらかなり良く聴いていたようだった。中島みゆき「わかれうた」、谷山浩子「おはようございますの帽子屋さん」。どちらも、ちょっと個人的には付き合うのをためらわれるようなものすごい個性だ。「『わかれうた歌い』」って、特殊な職業なの?帽子屋さんはそんなに気前良く商売道具を分け与えて商売になるの?佐々木幸雄の「君は風」に出てくるユーフーってどんな飲み物?←これはこの年になって初めて疑問が解けた。チョコレート飲料の商標だ。神奈川を中心に1974年から日本では販売されたとのことだから、北の果てでこの曲を聴いていた自分が知らなかったのは当然だった。知らないなりに、クリーミーな泡のたっぷり立ったカフェオレのようなものを連想していた。大きめの丸いカップにたっぷり注いだそれを髪の長い大人びた女性が息で冷ましながら飲んでいる…。「君の好きなサイダーの歌」は、年代から言うと大瀧詠一のCider'74あたりだろうか。ニコニコ動画で見てみると、ピチピチの風吹ジュンがやっている。曲的には76年の山下達郎の「ポンシュポンシュポン、ポンポン」っていうやつ(登場するのはこれまたピチピチな秋吉久美子)が好きだ。カタカナで書くとちょっとアクセルホッパーの「パンパンスパパン」みたいだな。やはり多感な頃の体験は体の深奥に染み込んで捨て去りようがない。浸っているうちに日曜もお昼近くになりぬる。なんか食べよー、かな。
_ 本借りて本を返しに図書館へ。
十六茶のガッキーの人発見。外に出るとどこからともなく「そだねー」が聞こえてくる。はいはいうるせえよ。北海道の女の子たちの方言に萌える世界。「萌える世界」なんて、ちょっとバラードのSF小説みたいだな!
_ 記憶の間違い。佐々木幸雄の歌詞のユーフーは、当時はムースって聞きまちがえていたことを思い出した。まあ音質の悪いラジオでAM放送だったからな。だからなんかクリーミーな飲み物を想像したのだった。
_ 図書館からそのまま夕ヨガへ。今日は殊の外気持ち良かった。少しづつ、ほんの少しづつ暖かくなってきたから体の動きもやっぱりほんの少しづつ良くなってきたのかも知れない。帰りがけに、iPhoneに入れた中沢京子「待ちわびて」聴きつつ歩く。
壊れた心の扉がカタカタ泣いているのに 夢のカケラが哀しげな瑠璃色に溶けるのに ただ眼を閉じて 私は白い時の中…
如何如何!立ち寄ったスーパーで感情失禁全開で川口納豆をレジに持って行くところだった。
2020-02-25
_ 何度か書いてるけどNHK第一の「天使の作り笑い」が面白くて、聞き逃したら聞き逃し配信で聴いてる。ニューカマーが3組で笑いを競う「天使のネタ笑い」には毎回感心してる。今回はぬえ、新鮮なたまご、アフタヌーン。どれも面白くて軽くショックを受けてる。アフタヌーンの、めちゃ悪い滑舌で韓流ドラマの説明し続けるネタ(韓流スターの名前立て続けに喋っててどこまで発音正しいかわかんなくなって最後には聴いてるこっちにゲシュタルト崩壊がが起こる)はヤバい。勝ち抜けなかったのは残念。つべで見よう。←残念、このネタまだ上がってなかった。聞き逃し配信また聴こう。
2022-02-25
_ という訳で中休みを経て週末。プーチンはチェルノブイリを奪取。核大国であることの脅しに加えて、日本にも何やら圧力をかけてこようとしているのである。ロシアが仕掛けてくる、ということに身近な問題を感じて結構不安を抱いたりしているところ。日々かまけていることが戦争で遮られたなら、さすがに「やり残したことは何もない」などとは言ってられないだろう。世界は物騒でリアルだ。
2023-02-25
_ [歌] "L'adolescente", Yves Dutail et Jeanne Moreau.
旋律と歌詞の断片しか思い出せないのに忘れられない歌は幾つもある。それが後年になって音源を見つけることができるのは今の時代の良いところだと思う。見つけるためには良い設問をネットに与えて答え合わせをする必要があるけれど。そんな一曲に、男女のデュエットのシャンソンがあった。フランス語を習いたての頃(今でもレベルはそこから進歩してないが)、参考のためと称してNHK FMでシャンソンやフレンチポップスを"エアチェック"していた。そのテープの中に、タイトルも書かずに収めていた一曲。ときどきその一節が蘇るのだが、サウンドハウンドに向かって口ずさんでも出てくることが無く、うろ覚えの歌詞の断片で検索しても見つからない。けれど、記憶にある男声はイヴ・デュテイユのものではなかったろうか。同じ頃に林田先生(フランス語ではHを発音しないので『アヤシダ』になる、というのがこの先生の持ちネタだった)のやっていたNHKの語学番組でイヴ・デュテイユを知った。彼のCDを検索してみると、様々な女性との歌を集めた一枚があった。そのアルバムタイトルをYoutubeで検索してみる。アルバムの再生ができるようになっている。しばしの広告の後、聞き覚えのあるピアノの前奏が流れ出して、アルバムの一曲目がまさにこれだったと分かったのだった。
曲名は『思春期』という意味で、確かにイヴ・デュテイユの歌と確認できた。女声のほうは、なんと今は亡き大女優ジャンヌ・モロー。イヴの方は、パリから東に40キロほどのプレシ=シュル=マルヌというコミューン(これがどういうものかもよくわからないが)の市長(?)さんだったこともあるそうだ。大学で彼を知って、しばらく思い出さず、また思い出したその間にその人は一度市長さんになって退職していた。ジャンヌ・モローの出演作は多分見たことがない。が、その中に邦題『ジャンヌ・モローの思春期』というのがあり、映画の原題はこの曲の名と同じだから、当然関係はあるのだろう。でも映画の方は入手が難しそう。代わりに『エヴァの匂い』という艶かしいタイトルのものを視てみよう、と思ったのだった。曲の歌詞の方は翻訳してもなんだか難しい。「大きな愛はどこ?」とジャンヌが問う。この部分だけはわかっていた。それにイヴが答えるのは「それは夏の暑さの中でジャスミンの下で岐路に立っている」とか「それは旅する異邦人、孤独なメッセンジャー」とかだったり。まあよく分からないが、こうして曲も歌詞も歌い手のことも見つけられたのだから、好きなだけ調べて味わうことができる。それがインターネットリテラシーのその先にある楽しみであり苦しみなのだろう。
2024-02-25
_ 三連休、終わり。特にどこにも出かけず、近所の銭湯にすら行かなかった。そして液タブを使ったり使わなかったりしてお絵描きを少して、録画の整理をして、王様戦隊キングオージャーの最終回見たりしてた。そうそう、連休に入ったあたりでキッチンの蛇口から水漏れがはじまったので、蛇口自体を交換した。漏水による損失は未然に防げたので良かったが、給水口が低くなってしまってポットに直に給水できなくなってしまい不便。もう少し使い勝手の良いタイプに買い換えようかな?につけても、個人宅でこんなに防水シールテープとかウォーターポンプレンチとか使う奴ってそんなにいないよなあ。ラジオ深夜便で久保田早紀「異邦人」掛かる。今も、久米小百合さんとしてご活躍のようだ。アルバム聴いてみたいと思ったら、「テヒリーム」というタイトルの讃美歌集が出てきた。テヒリームとは「詩篇」である。スティーブ・ライヒので初めて買ったCDがこれと同じタイトルだ。今も時々聴く。旧約聖書は民数記で止まってしまって何十年も経ってる。我慢してまた読み始めるのも悪くは無いな。
_ きだ [ガサガサしてたら切ったほうがいいかもですね。 綺麗なフォントがよければマックコンピューターがオススメらしいです。]
_ けい [うは!来た来たw]