RSSフィード:http://alpha-ralpha.com/diary/index.rdf
2006-05-03
_ 神保町へ。
昨日までの旅で草臥れた足を引きずりながら神保町へ。「日本の古本屋」で探していたシュレーディンガーの伝記が見つかったと言うので買いに行ったのだった。培風館からでていた本で分厚い。ぱらぱらとめくってみると、17歳の恋人がいたとか性愛が研究の励みになると言ったような記述が目につく。幾つか詩を残してもいたようだ。場の統一理論をめぐるアインシュタインとの書簡などのこととかも書かれていて読むの大変そう。場の古典論はテンソルの概念が頭に入らなくてランダウの教科書を10年くらいほったらかしにしていたんだったっけ。
2009-05-03 休業日。
_ だらだらの休日を過ごす。
作りかけだったちりめん山椒を完成させたくらいかな、やったことと言えば。じっくり煮詰めていくとねばっとした佃煮になった。山椒の実がどこにあるかはいまいち分からない。が、ちょっと味見すると、さわやかな山椒の味で、舌が軽く痺れる。もう少しエグ味を取っても良かったかも知れないけど、明日はこれでお茶づけしてみます。
教訓。醤油と味醂があれば何でも佃煮になる。次の目標は、唐辛子の葉っぱで佃煮を作ること。庭には4種類のトウガラシの芽と1種類のトウガラシの苗がある。初夏の風に吹かれて順調に育っているようで、めでたいのう、めでたいのう。
2011-05-03
帰宅途中。反町公園に寄ってみると古い噴水に目がとまった。
次に気付いたのはトラロープに囲まれたピンクの花。なんとハマナス。北海道では良く見かけたのだが。花は終わりかけている。そして、実が膨らみかけている。わたしは良いことを思いついたぞ。実が熟した頃にまた遊びに来て、その種をこっそり持ち帰ってうちの猫の額に埋め込むのだ。
そう言えばこの公園をゆっくり散策したことが無かったような気もする。丸い木の葉に気付いて「これはもしや」と思ったらやはりカツラの木だった。近所で見かけるのも珍しいことだと思う。月にも生えてるらしいよ。
大きなアーチにつるバラを這わせてたり。良い公園だったんだなあ。一説にはホモの方々のハッテンバでもあると言うことだが。
ちょっと見そこらへんのママチャリかと思うのは、泥除けが付いてるせいだろう。並べてみると車輪も一回り小さいし、なんか変なチャリだなと思われることだろう。これが丸石エンペラー、旅する自転車です。
旅してないけど。
たいぶ家に近づいたところで、薄紫の花がたくさん咲いている木を見かけて気になり引き返した。生えてるところを見たことはなかったが、きっと桐の木なんだと思う。逆光で見苦しいな。
_ こんな近所に珍しい植物が生えているものだと思う。D90持って取り直しに行こうかな。
2012-05-03
_ 始発で周参見から紀伊日置。なのに山越えの道の入り口がわからず行ったり来たり。まあこういうことをするために旅にでたわけだからあせることはないと思う。外で食べるおにぎりさいこー。完璧に晴れわたった。昨日は雨の中でおにぎり食べておにぎりほとびにけり。それも最高。
_ 紀伊ゴボウ。
和歌山産のゴボウということでなく紀伊御坊という地名。今日の宿。結局周参見までの道は見いだせず。まあこんなときもある。ペットボトルでお茶淹れることに今日気づいたがコーヒーはダメだ。いやまて、なぜインスタントではいけないのだ。
早い晩飯。梅を練り込んだうどんとめはり。やはり和歌山に来たらめはりねー。三重だと言う説もあったような。
おまけ。南方熊楠記念館で模写したハドリアヌスタケの熊楠のスケッチ。実物のアルコール標本には毛など生えていなかったのが不審であるが、画力の及ぶ限り忠実に描いた。
電車の時間まだあるので記念館の収蔵品スケッチからもう一つ。ヤシの実。当然ながら毛など生えていなかった。
_ 因みに今日うろついた安宅(あたか でも、あたく でもなくて あたぎ らしい)は熊野水軍の郷。熊野ってつく言葉をみんな クマの って置き換えるとなんか可愛くなるよね。
そうそう、デジタル一眼だが、レンズを着脱したら問題無く動作した。あと、一日目の宿に非常用のメスティンを置き忘れてたが、道がわからなかったために早く上がって時間があったので、宿に向かう途中立寄り、無事回収。何も失ってなかった。何かを得た訳でもないけど。
2013-05-03
_ 林泉寺行って山形大。
ルネサンス様式ですって。
_ 川中島合戦。
終盤。死屍累々でありまことに酸鼻を極める有様だが、しばらくすると「戦場で倒れている皆さん、陣へお戻りください」というアナウンスで笑いが起こるのは多分お約束。地元高校生などはほぼ参加することになっているようにおもわれ、20歳くらいの地元男性達が自分たちはどちらの陣にいたとか盛り上がっていた。空砲をぶっ放したり松川を実際に渡河したりしてなかなか気合が入っている。地域の文化や歴史を残そうという崇高さと、大の大人がチャンバラごっこに興じているようにも見えるおかしさが相半ばすることに妙に感じ入った。
_ 旅はまだ終わってない。
どう言うことかというと、新幹線発車時刻は福島20:54。早い便(?)に空席はあるようだが早割チケットなので変更効かない。ゴネれば何とかなるのかもしれないが、それより有効な時間の使い方をしばし模索すると、ほとんど駅ナカのパワーシティ・ピボットというところにスーパー銭湯極楽湯があり、しかも今日金曜は学割デーで通常より200円も安く利用できるのだ!今回の旅では米沢上杉博物館でも上杉家廟所でも放送大学の学生証が火を吹いたが、風呂まで安く入れるとは思わなかった。学問が身を助けると言うことはよく言われると思うが、こういう即物的な意味もある程度はある。まあ旅の直前授業に精出してたのだからこれでいいのだ。そうこうするうちに出発まで1時間切った。タモリ倶楽部の時間までには家につくだろう。
_ [読書] 「禁蜜 ‐義母と叔母とぼく」川奈まり子、竹書房ラブロマン文庫) 双葉文庫、2013。
旅の間も読書にいそしむのは、俺が文武両道ならぬ文歩両道(読み方同じ)を目指しているからだが、この本は一人旅の手持ち無沙汰を紛らす(どう書こうと何となくなまめいてしまうのは何故だ)ために手に取った。分かってる人は分かってるだろうが、著者は溜池ゴロー作品をはじめとする熟女モノAV作品で名を馳せたなかなかの名女優である。この人の作中の存在感というのは大変に生々しい印象があって、美人さ加減も草臥れ加減もなんというか程良くて、すぐ隣に住んでいそうなリアルさがあると思う。だいぶ古いが、「時間ですよ」の隣のマリちゃんこと天地真理が「隣にいればいいなあ」的なファンタジックな存在感を示していたのとは対照的だが、どちらも「まりちゃん」であるところに親父ギャグ的なシンクロニシティを思わない訳にはいかない、一オヤジとして。そんな彼女は役者引退後小説の修行を積んで上梓したのが本書、とカバーの解説からは読み取れる。読めば、ストーリーの綻びも目立つものはなく、主人公の童貞青年(当然冒頭だけのことだ)の初心な体験に及んでの新鮮な驚きは男性視点からも十分に共感できるものだった。特筆すべきはこの種の作品において読者を魅了する重要な要素である性的語彙の豊富さで、女優経験が自在に生かされているように思われた。同時代の作家であり来歴上共通する点もある杉本彩の官能小説と比較することは有意義と思われるが、質においては川奈まり子に軍配を上げざるを得ない。川奈まり子は、AV女優である前はフリーライターであったということであり、性表現においても筆力においても十二分にキャリア形成をおこなってきたということなのだろう。他の作品も読みたいし、彼女の出演作品も鑑賞したい。作中に現われる「玉が下がってくる」というのも機会があれば体験してみたい。
2014-05-03
_ [熊野街道]清水峠。
あろうことか、昨夜来風邪気味だ。今朝も遅くまでぐずぐずして、田原にバスで着いたら11:00。小さな峠があり、古道の風情が残ってた。風邪を押して来て良かった。でも紀伊浦神から帰ってしまう。今年も速玉大社にはたどり着けなさそう。まあ楽しみが後に伸びたということだ。
_ うちのオグラが…(三宅裕司)@紀伊浦神14:10
かぶりついたらアンコが少ない。動径方向に6割くらい。ということは面積比で4割程度ということではないか。株式会社コモ、あんたのとこのあんパンには落胆した。というわけで列車待ち。清水峠から先で道に迷ってアスレチックモードになり疲弊した。
_ しだいしだいに力が蘇ってきた
今日はあちこち見てないからつまらん画像貼る。紀伊田原駅のそばで売ってたので買った。普段より効いてるような気がする。やはりジョースターの血は馴染む…
2015-05-03
_ 義経の成吉思汗鍋。
_ iPadから送信
_ 道庁前のプロムナード。
_ iPadから送信
_ 豊平川まで来た。
今朝の散歩。散歩と言うには長すぎた。でも楽しかった。
_ 晩食、父母の人々と鮨。中間目標体重達成することなくたらふく食してしまった。嗚呼。
2016-05-03
_ 休日なので、円山公園駅が爺婆と孫と彼等にサービスする父親などでごった返していた。父母宅そばの魚屋で頼んだお造りのセットが思いの外旨かったので、また利用したい。翌日から休みに入るのでと、多めに盛ってくれたそうだ。win-winってことだ。
2017-05-03
_ 高橋茉麻のドドンパ!の録画、高橋英樹の日本史侍を見てる。英樹さんの言葉、「味方百人、敵百人」。これは良い言葉だな!どんなに善い行いをしたとしてもやはりこうなのだ。すべての人に受け入れられるような行いをできるなどと思うこと自体が自惚れ。前向きなニヒリズムの一種だ。
2019-05-03
_ 日付変わっちゃいましたけど「チャンネルはそのまま!」見終わりました。北海道の人たちはもっと前にこれを堪能してたんだね。良かったっすよ。芳根さんもっと馬鹿でも良かったと思うけど。
2020-05-03
_ 大型連休もいつしか後半に。おお、この連休にやりたいことがあったのを忘れてた。と言うわけでネットフリックスで「全裸監督」を見始めたところ。今日はこのまま腐敗しようかなー。朝、パンと瓶詰めスープとベーコンエッグ。昼、骨醤油とゆかりで味付けしたぬかにしんとたらこのお茶漬け、フキと油揚げの煮物。煮物ヤバくなってきた。急に暑くなったからなあ。夜は手を掛けない予定。こんなに家にいるのに片付けても片付けてもゴミが出る。魔窟の奥深さよ。。。古新聞がやっと片付いた。紙の新聞やめてから何年も経つのに。
_ というわけでけふは全く外出せず。「全裸監督」最後の方はなかなかダークなところもあった。北大神田書店って懐かしい。私の学生時代には夜中も営業してたもんな。まさに北大の真ん前で。入ったことあったかなあ?
2021-05-03
_ 午前のうちに残り3回の「死生学のフィールド」のうちの2回を聴講。自死遺族とホロコーストというなかなか軽くは語れない内容。「ダーク・ツーリズム」と言う言葉は初めて知った。自分の旅にはどのくらいその要素が含まれていただろうか、と思う。たとえば刑場跡に微笑んでいる地蔵像なんかを訪れるのはそれだろうし、著名人の遭難地、古戦場などと言うのもそれに含まれることと思う。とは言えそれらは人道的な問題を学習する場というよりは名所探訪であり、そもそも道の上に並んでいる順に古いものも新しいものも、楽しげなものも悲壮なものも出てきた順に何でも見聞するのと、悲惨な歴史跡を選んで訪ねるダーク・ツーリズムとは動機からしてまず異なる。一方、当のダーク・ツーリズムにあってもその学習的意義を外れて名所探訪に出しつつあるという批判もある。そこに立った時に、そこで何が起こったのかを時を超えて想像できる力があればこそ、どの地を訪ねることも学習となるだろう。
_ 休日特別プログラムのヨーガに参加。行く道で、いつもは気づかなかったところに気づいた。とあるお店の窓に「秋深し たまにはさだも聴いてくれ」という色紙。平成30年秋、とあった。ほほう。これ、本人だな。本人来てたのか、こんなとこに。帰り道ではまだ売っていた湘南ゴールドを一袋購入。店の人によると今年は長く取れているらしく、5月末まで収穫できるのでは、とのこと。もうすっかりファンです。
_ というわけで「死生学のフィールド」聴講は終了。参考書読み始めよう。まずは新渡戸稲造『武士道』と日野原他『死生学』。映像資料として『おくりびと』と『この世界の片隅に』。こうのさんの漫画の方はまだ届いてない。のんの声聴くのかなり久しぶりだ。アニメ映画観るのも。
2022-05-03
_ 大変久しぶりに神保町へ。三省堂行くと、5/9から6月頭まで立て替えで閉店とのこと。危なかった。事前に営業状況を調べてたのだが、書泉グランデと間違えてた。神保町ではありがちな間違いかと。買い物すましエチオピアで初めてエビカレー辛さ10倍食べる。もう辛さチャレンジは止めた。でも結構辛い。その後、何ならみますやで昼のみでもなんて思ったが、昼の営業が終わり近かったので止めた。ついでに書泉グランデにも寄る。ここ、未だに和尚の瞑想の本とか売ってんだな。そして伯剌西爾でふらんすブレンドをデミタスカップで戴く。ここも変わらないので嬉しくなる。マスターもこっちの顔を覚えてくれてた。
2023-05-03
_ [熊野街道] 伊勢路に行ってきました。
2泊3日で。いずれも晴天。風がやや冷たかったのが歩き旅にはむしろ心地良かった。紀伊長島から荷坂峠、ツヅラト峠を2日かけて踏破して、今日は朝の8時からほぼ平地かつ舗装道路を久しぶりに26キロの長丁場。帰りの上り電車はあまり混んでおらず、それもラッキー。40年前の調査記録書に書かれていた石仏・道標の類はいくつも見当たらないものがあったが、それもまた出会いのチャンスと言えるだろう。さて、そういう訳でもう伊勢神宮まで50キロを切ったのでこの街道の終わりも見えてきた。つまり、紀伊半島をほぼ全周せんとしているということで、一歩一歩の積み重ねというのは恐ろしいことだ。
2024-05-03
_ [熊野街道][街道] 伊勢路(ほぼ)完結。
4/30-今日にかけて、伊勢路(ほぼ)最後の街道歩きを終えてきた。(ほぼ)というのは、未踏のコースがあることと、集めていたスタンプをアウォードに交換するためにまたしても熊野市にお邪魔せねばならないため、である。けど標準的な伊勢路のルートとしては紛う事無き完結なので、これで紀伊半島も概ね一周した、ということにはなる。今回は総距離90キロは越えてるはずだが色々課題が見つかったので改善しなくては、と思う。雨・雨・晴・晴という天気で前半戦は湿気にやられて体力を削られ、後半は舗装道路も靴も熱くなったせいだろう、マメに苦しめられた。今回もヤマビルには会わずに済んだが、やっぱり地元民にその恐ろしさを語られて慄然としていた。いずれにせよ詳細後日。風呂入らせとくれ。そして休ませとくれよ。今の私は久住昌之さんの歌の落武者そのもの。み、水をくれ。。。
_ うにゃにゃ [お疲れ様です!明日も天気良さそうだし、楽しんでくださいね^^]
_ けい [汗かきまくりでした。ハイドレーションシステムに助けられました。]