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2017-01-08 [長年日記]
_ 買い出しに出かけると寒い。なんだかまだお雑煮が食べたくて豆餅と玄米餅を買い物に加える。今年も毎年のように豆餅が欲しかった。なんなのだろう、この豆餅を食べた時の充実感は。
_ [放送大学] 西洋音楽史
とにかく15回の講義を聞き終えた。ロマン派の終わりから現代まで。さすがになじみ深い物が多くでてきたが、R.シュトラウス(こう書くとなんかシュトラウスと言う名のロボットみたいに見える)やマーラーは驚くほど知らない。ちょっと下ってバルトークなんかは割と好きな作曲家。調性の無い音楽を聴くことには私には今や抵抗は無く、シェーンベルクの音楽はけっこうスッと頭に入ってくる。ストラビンスキーの新古典主義も面白く感じるが、これがロマン派の感情過多を批判するものであると知るためには予備知識としてのロマン派の音楽のことを私は余りにも知らない。現在クラシック音楽と言えば、それはほぼロマン派に重なり、重厚なオーケストレーションと自らを芸術家と強く意識する作曲家の作品、コンサートホールとその再現としての名盤鑑賞などを意味するだろう。そういうクラシック音楽に対して私があまり興味が持てなかったのは偶然のことかもしれないが、ロマン派批判としての新古典主義には共感することができると感じた。最終回最後の方にスティーブ・ライヒの「18人の音楽家のための音楽」が少し出てきた。この講義に出てきた多くの音楽の中で私にとってはこれとドビュッシーの交響詩「海」が最もなじみ深い物だった。
ライヒの初期作品には、同じ言葉やフレーズを2本のテープに録音して同時に再生し、2台の速度が微妙に違うことでさまざまに複雑なリズムパターンやフレーズが現れるという仕組みの、テープ・ミュージックがある。これは機械の能力を利用して作られた対位法の音楽と見ることができるだろう。後年の作品には「エレクトリック・カウンターポイント」「ニューヨーク・カウンターポイント」など、明示的にcounterpoint(すなわち”対位法”)と呼ぶ作品も作られている。
バッハについて。ウィーン古典派における旋律の発達が述べられた際に、「G線上のアリア」の旋律が、それ自体は貧弱で歌いにくい物だが、これに通奏低音が重なることで驚くべき効果が出る、しかし聴くものは旋律と通奏低音の両方に配慮しながら聴かねばならないために、往々にして対位法と通奏低音でつくられた作品は口ずさみにくく聞きにくい、とあった。私自身はむしろ「音楽の父」などと呼ばれるいかめしいその外観とはうらはらに無邪気で可愛らしい旋律を用いるヒトと言うバッハの裏の顔をそこに垣間見ていたのだが、確かにこのアリアは歌いにくいかもしれない("Jupiter"を歌った平原綾香なら強引に歌詞をつけて歌いだすかもしれない。だがそれもJupiter同様私にとっては少々聞き苦しいものになるに違いない)。とはいえ講義を行なっている岡田先生のおっしゃるほどに歌いにくいものとも貧弱なものとも思えず、そこに少し違和感を感じていた。そんなことをある日入浴中に考えていて思い当たったのは、G線上のアリアの素朴な旋律は、まるで唱歌か童謡のようだ、ということだった。唱歌や童謡の旋律は素朴に違いないが、それを単旋律で歌うとき、これもまたどちらかと言えば凝った造りにはなりえない単純な歌詞が想起させる心象風景と相まって寂しげな感動を呼ぶことがある。バッハの”貧弱な”旋律も、そんな風に歌われるとかなり印象が変わることだろう。そしてそれがもし感動を呼ぶものとなるのなら、それを歌いあるいは聴く人の心の中には通奏低音が鳴り響いているのかもしれない。無いはずの通奏低音を心中で補い感動を覚えることができるということは、日本の古い歌謡などに起源を求めるべきことなのかもしれない。この試験が終わったら、久しぶりに古典文学系の講義を聴講しても良いな。逆に、唱歌や童謡に通奏低音を添えるような編曲をすると、これらがフーガになる可能性もあるのではないだろうか。それは「かえるの合唱」のような輪唱ではないのだ。ああ、それで一つ思いついたが、「紅葉」を二重唱で歌うときの「山の麓の裾模様」のところを対位法っぽく歌うのがあったっけ。そこだけ、というのが中途半端な気もするけど。
_ そのあとさらに「データの解析と知識発見」を3コマほど受講して夕食。それからうだうだしている間、見かけていた映画「大病人」の続きを見ようかと思ってたら、放送大学で「数学の歴史」が始まった。18世紀のイギリスでは「レディース・ダイアリー」といういわば英国の「婦人公論」みたいな雑誌に数学の問題が掲載されるやレディースを押しのけてイギリス中のアマチュア数学者の交流の場となった。例えるなら、婦人公論の投稿欄でオタク青少年たちが交流を広げるような感じだろうか。この講義面白い。来期も解説してたら受講しようかな。結局45分間全て見てしまった。
豆餅は甘いやつ?函館の豆餅は砂糖が入ってるんです。ついつい食べすぎてしまい…後悔してますw
甘くないヤツ。黒豆の歯ごたえが、溶けかけた雑煮の餅とナイスなコントラストを奏でるのだ。