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2004-07-14
_ [読書] 「高杉晋作」「日蓮」山岡壮八
連日暑いのはまあ仕方ないが、寝床が暑いのには敵わない。
眠りにつく前に本を読み出すと、汗を拭き吹きつい夜長をしていることが近頃多い。
昨日は山岡壮八「高杉晋作」の最終巻を読み、今日は同著者の「日蓮」を読んだ。いずれも歴史文庫収録。
「日蓮」は有名な鎌倉の辻説法よりあとの時代が書かれていないので残念だった。
昨年の身延参りの記憶と照らして読もうと楽しみにしていたのである。
元来理系を進んできたわたしは、街道歩きを始めた頃から文系の学問に関する興味を持ち始めて、近年とうとう放送大学の講義を履修するまでに至っている。
現代の、現在の生活からの逃避傾向がそこにはある。
2009-07-14 二人の妙齢の女性に。
_ 御世話になっている7月生まれの二人の女性。
この人たちに今年はなにか手作りのものをと思って、アロマキャンドルを作ってみたのでした。材料: 1)アロマオイル(今回使ったのはラベンダーとローズマリー。ラベンダーは究極の癒し、ローズマリーは記憶を呼び覚ますのに役立つらしい)。ビギナー用なので一本600円くらいのヤツ。 2)ローソク:亀山です。ちなみに亀山市には亀の甲羅に蝋燭が立っているという図案のデザインマンホールがあります。 3)クレヨン:色つけに。今回は群青色と紫色をそれぞれの方に。お二人はそれぞれそんな感じのイメージです、私にとって。
作り方: 1)ローソクを適当に折って湯せん用の入れ物に入れ、湯せんで溶かします。私は日本酒のワンカップを使いました。ときどきカップを回して溶かすのですが、軍手をはめて直接持てば大丈夫。ローソクの芯はこのあと使うので一緒に湯せんするといいみたいです。 2)ローソクが溶けたら芯を取り出して、型を取るための入れ物にぶら下げます。わたしは小さな紙コップを使いました。一方湯せんの入れ物の中のとけたロウの中には、色付けのためにクレヨンを少し削って入れ、回して溶かします。小指の先ほど入れただけでもうかなり不透明になります。加減して入れた方がいいみたいですね。 3)紙コップに溶けたロウを流し込みつつアロマオイルを数滴たらして軽く混ぜます。この手順を2・3回繰り返せばろうそく一本分になることでしょう。 4)冷やします。たぶん急冷しない方がいいでしょう。すっかり固まったら、芯を適当な長さに切って、紙コップをべりべリはがして捨てます(このために紙コップを使ったのです) 5)キャンドルを入れる容器は耐熱性のものがいいと思います。瀬戸物とかも考えたんですが、結局プリンを作る小さなパイレックスのカップを使いました。一個200円しませんでしたので、すごくチープだけどそれなりに贅沢なものに見えます。固まる前に、庭のラベンダーやローズマリーの葉を少し入れてみましたが、クレヨンが多すぎてほとんど見えません^^; 6)あとは火をつけて楽しんでください。あまり火遊びするとおねしょしちゃうからね!
_ でも実は、火をともすよりもそのまま嗅いだ方が良く香るみたいで。。。使用の際は容器が熱くなるのでご注意!
2011-07-14
_ 昨夜の録画の「ロケみつ」見てる。まる子の「カスタネットの好物は私の膝だった」のネタがよくわからん。早希ちゃんのウェイクボードに感動した。ジャグジーでくつろぐ早希ちゃん「LCL溶液に漬かってるみたい」←エヴァンゲリオンネタらしいが良くわからない。
_ 自転車のブレーキ届いた。実は昨日東急ハンズを覗いたら売ってたのだが、万一を考えて2セット注文してたのが届いたのだった。週末またどっかいこうかなー。
2012-07-14
_ Cドライブのバックアップが終わらない。夜ちょっとだけベヨネッタやってみたが、あまりはまる予感がしない。若いころに比べて視力が衰えているというせいもありそう。くく、精力より先に視力なのか、そういえば「目⇒歯⇒チン」というものな。
_ リアル末弟から北海しまエビとどく。サロマ湖マラソンで100キロ走るのが年中行事化しているようだ。10時間以上走り続けるらしい。俺ががんばって10時間歩いても50キロになるかどうかだ。近頃は持ち物も重たいししんどいことはなるべく避けようとか目的地に着かなくても何とかなるとかいざというときのために考えておいたエスケープルートをためらいも無く使ってしまうとか、まあ言わば「どぐされウォーカー」だ。まあそれでもいい。夏休みは久し振りに東北にお邪魔しようかと思っている。
_ 英会話にて。cockroachを使った例文のことを話してた。「日本はゴキブリ多きこと甚だし。彼の虫出でなばお手前なんとする」と聞かれたので「みどもに格別の儀なし。"Easy come, easy go."なれば」「はや信じることあたわず」なんかこんな会話になってたと思う。しかしここで私は間違ったことに気付いた。"Easy come, easy go."はいわば「悪銭身につかず」、楽して手に入れたものはすぐなくなるという意味であって、わたしはこれを「来る者は拒まず去る者は追わず」
と同義と思って使ったのである。先生は、すぐ出てくるゴキブリはすぐどこかに行く、という意味で私が言ったように解釈してくれたんだろうと思う。去る者は追わずに当たる英語の慣用句は特にないようで"They are free to come and go."みたいに普通な言い方くらいしかなさそうだ。じゃあEasy come, easy goの方が笑いがとれそうで良いかな。意味は結構違うけど。
あと、押し込み泥棒はイギリスの文化と言っても良いくらい多いとかそんな話。内容はこの上なく他愛ないんだが、そういうことを伝えるためには英語でどういうべきなのかを考えるのもいとをかし。
2013-07-14
_ 朝起きてすぐやったのは昨日届いた新しいデスクチェアの組み立て。暑い日に力仕事するのは厳しい。できれば冬に壊れてほしかった。だが完成。座ってみると最低の高さにしても今のPCデスクに対してはちょっと高い。キャスター外す手もあるが、たぶんPCデスクを新調すべきなのだと思う。すでに天板は傷だらけだ。
_ [特撮] 獣電戦隊(バモラ)キョウリュウジャー
キョウリュウバイオレットとしてなんと千葉繁さま登場!劇中顎が外れたり腰がギックリしたりしてるが、ご本人はどうやらかなり鍛えてる人のようで、しょっちゅうパラグライダーで空飛んでるらしい。声のテンションだけじゃなくて活動範囲も人よりかなり高いという。
_ [音楽] 山根一仁のバイオリン協奏曲。
ウィザード見てからちょっとうたた寝してたらテレビから聞き覚えのあるバイオリンが聞こえてきた。プリキュアすでに終わり、題名のない音楽会が始まってたのだった。シベリウスのバイオリン協奏曲の第3楽章を17才が弾いていた。俺はこの曲は大好きで、特に最後近くに一音だけあるピッチカートをはっきり演奏している奴が好きなのだ。山根さんはそのように弾いていたので大変好感が持てた。東京シティ・フィルを指揮する宮本文昭はタモリ倶楽部でおなじみの方。
_ つづき。ミミズ男の回。ビキニ諸島の水爆実験でただ一種生き残ったシマミミズを改造したという設定。このことはかなり多くのライダーファンに突っ込まれている。
_ つづき。フクロウ男の回。ホホホホホって鳴く。強力なレントゲン線源を目に埋め込んであり、これが起爆剤となって全国の大時計が爆発すると、これに続いて家庭におかれている時計が次々と誘爆するというのだが、原理が全く分からない。家におかれている時計が次々と爆発するというのは怖いことには違いない。
2015-07-14
_ やっとまともにPCが使え始めてきた感じ。こうなると、Devil’s Canyonにしたおかげでソフトの起動が速くて楽しい。でもだいたい妖しい動画見てるだけ。妖しい動画を見るときにこそPCのスペックがものを言うのだな。全然関係ないけど、会社の食堂で夕食食べてたらふいに「沼正三」のことが気になってwikipedia(今年も3000円だけだけど醵金したよ!)で調べたら、自伝的な作品が出てることに気づいてとりあえずアマゾンのカートに入れた。まあしばらく買わないと思う。
2016-07-14
_ 人を信じない、ということがかえって信頼関係を作る、ということ。これは私にとっては大きな発見なのだが、ヒトはすでにそのことを良く知っていて十分にそのことを活用しているのかもしれない。これに気付く前の自分は、ゆがんだ理念に支配されていた。性善説に立つことが正しく、どんなに不利益を被ろうと人を信じるべきだ、と。すべての人と仲良くすることが正しいのだ、と。中途半端な形で(と言うのは、それを教えるに足る教師がほぼいない・いなかった、ということだが)導入された道徳教育のせいなのか、父祖より続いた教えのせいなのか。あるいはさまざまなメディア、とりわけテレビとマンガによって安直に作られたドラマの影響なのか。これはある時点までは社会規範として有効だったことかもしれず、まさに社会学はこれに応えるべくして在ると思う。
かかる信頼の在り方は、”かくありたい”という理想としては良いかもしれないが、厳しい現実の中でもがき試行錯誤していて、重い肉体をまとい本能やホルモンの分泌に支配されている実在のヒトという生物の不完全さを全く無視した盲信と言える。別に進んでいがみ合えばいいと言うのではなく、その人についてほとんど何も知らないのにその人に全幅の信頼を寄せるというのは理にかなった行為ではないということだ。そんな風な一方的な信頼を押し付けられる方だって迷惑なことだろう。そして押し付けられた信頼に反した行為をしようものなら「あなたのことを信じていたのに」とか「そんな人だとは思わなかった」と、まるでその信頼を押し付けられた側に非があるような物言いをされるのだったら「信頼される人」とはなんと哀れな存在なのか。
ヒトの本性はもしかしたら善であるかもしれないが、その善を完全に体現できるほど賢明であるとは限らないということは前提としていい。ヒトを信頼しようと思ったなら、彼を良く観察して、彼が何を好み何を嫌うのか、彼には何ができて何ができないのか、彼の言動はどれほど一致しているのか、などを理解するべきだ。そうすれば彼のどこが信頼できてどこが信頼できないのかを見極められるだろう。そして信頼に足る面においてのみ彼と関われば良い。もしもそういう点が全く見いだせないならば、不採算事業から撤退するように関わりを断ち切ることもできるし、あるいは覚悟を決めて彼の成長を促す重い責任を果たす道を選ぶこともできる。この点で野良猫との距離を縮めるためのやり方と全く変わるところが無い。うかつに手を出すと洒落にならないほど痛い目に合うことを知っていたなら、たとえ引っ掻かれたところで「信頼を裏切られた」とは思わずに済むというものだ。もっともすべての”猫好きを自称するヒト”がそんな覚悟を持っているとは限らないが。
裏切られることを前提として、その上でどこで協調することができるかという均衡点を探りながら他人に囲まれて生きて行くこと。これは無縁社会と言われる現在にあってはほとんど唯一で確実な「絆」の在り方と思える。身内や友人を大切にするあまりそれに属さない他者への迷惑を思わないことを「絆」と”呼んでみる”ことよりはよほどデモクラティックで実害が少ない。もしかすると、そうやっているうちに互いの距離が次第に近づいていくのかもしれないが、甘い期待はしないことだ。信頼関係は血縁や住まいの近さや接触時間によって形成されるのではなく、それらは、その人の信頼すべき面と信頼できない面とに関する知識が増えていくのに有利な条件であるに過ぎない。ヒトは基本的に裏切る動物である。この世界が苦に満ちているという仏教の前提と同様に私を安心させるもう一つの重要な前提だ。
2017-07-14
_ もしも美しい旋律と心にしみる詞が流れてきたなら、ためらわずに涙を流しながらその歌い手と共に歌いたい、巧拙に拘らず、歌詞が頭に入っていようといまいと、裏声で儚く、あるいは力んで調子を外つつ。
2018-07-14
_ [食べ物・飲み物] 神田伯剌西爾にいます。
神保町に来たのも物凄く久し振りだけど、神田伯剌西爾に来たのもそれ以上に久し振りだ。全然変わってないなあ、囲炉裏の席も、喫煙席の方が禁煙席より多いのも。そもそも神保町が変わってない。ホッとする。シンギュラリティ以降も変わらずにいて欲しい。少し寒いくらいの店内で飲む濃い仏蘭西ぶれんどの何と美味いこと!
_ 今日の日付の長年日記を読んでいた。昔はおろか2年前の私でさえまるで今の自分では無いようだ。人を信頼しないことに関して随分と熱弁をふるっている。去年の自分も知らない誰かのようだ。美しい歌に触れたなら歌唱の巧拙に関わらず共に歌うが良いと書いている。かかるたわ言を真面目に語る者は誰なのか。無知の言葉をもって、神の計りごとを暗くするこの者はだれか。私はあなたのことを知らない。そして今新たに見出した。全てが私という存在なのだ。首尾一貫していない、矛盾だらけで、でも多分何か良いことをいつも探している私だ。長く日記を書くって良いな。
神保町で欲しかった地形図を全て手に入れたが、マップケースが無い。また自作するかなあ…。
2019-07-14
_ 雨のせいかもしれないが、直接的には昨夜の夜更かしのせいだろう。宅配のチャイムで目覚めたら9:00を回っていた。こんな寝坊は久しぶり。今日も夜更かし。そろそろ日付が変わるのだが、まだスーパーヒーロータイムの録画見てない。
2024-07-14
_ [音楽] 『伊福部昭トリビュート 春の音楽祭 in Kitara』
2018年にキタラという札幌のコンサートホールで催されたトリビュートコンサートのCDである。注目すべきなのは第一曲目にHBCラジオのコールサイン『ウポポ』が演奏されていること。たとえば僕の思春期の日曜の朝は、HBC放送の深夜放送・奥田晋一氏の『ワン・オクロック・ジャンプ』(のちに『ミッドナイト・ジャンプ』)を聴いたまま寝落ちして、明け方このコールサインが眠い耳に入ってくる、ということが多かった。大阪出身の奥田氏は当時北海道大学の学生さんだったはずで、どういう訳でHBCのパーソナリティとなったかはよくわからない。すでに鬼籍に入られており、彼の情報は北大恵迪寮同窓会のページくらいでしかわからない。物悲しいようでもあり異世界の調べでもあるような伊福部さんの『ウポポ』に続いて一連の宗教法人の番組が続く日曜の朝は今も懐かしく思い出される。東本願寺の時間・西本願寺の時間・私と論語(今ネットで調べると、お話しされていたのは当時ナリス化粧品の社長さんらしい)。奥田さんは一度僕の住む街を訪れたことがあった。僕は会えなかったのだが、両親が彼のサインをもらってきてくれた。「こんなどこの馬の骨ともわからない自分のサインでよければ」と、岩倉具視の500円札に「勉強せーよ!」と添え書きしたサインをしてくれたそうだが、やがて使ってしまった。最終回を録音したテープをしばらく持っていたがそれも今は無い。
_ けい [ほんの一つの言葉が文章全体を印象づけてしまうからよほど気をつけないと。妙齢は本来若いということです。もっとも今ではみ..]