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2009-01-14 2つの会議。 [長年日記]
_ その1:『額田女王』(井上靖)
近頃伊豆を徘徊してるから井上靖が気になって、「しろばんば」に続いて読んでます。放送大学で日本の古典を学んでいるので、額田女王の歌についても若干の予備知識を持っていたつもりでした。しかし、井上靖の考証というか妄想というか、そっちのほうがすごいって感じがする。
額田女王のことは、私の言わば"三度目の初恋"の思い出に結びついているので、行間に切ない気分がよみがえる。
オレ、実は今(も)、酔ってるんスよ。だから思い出したこと書いちゃう。後で読んだら恥ずかしくなって削除しちゃうかもしれないけどとりあえず書いとく。
高校入りたての頃に知り合ったとある女性にほのかな恋心を抱いてたという話。同じ部活動にいたからいろいろと行動を共にしたり、交換日記まがいに交替で日誌をつけてたり。そんなやり取りの中、オレは悪ぶってエロい文章をぶっきらぼうに書きなぐったりしたその日誌に、あの人の書いていた文章は、まさにこの井上靖の額田女王にまつわる記事だったのでした。
あのときのあの人は、ひそやかに額田女王に自分をなぞらえ、そして私ともう一人の彼を、中大兄皇子と大海人皇子になぞらえたりして-どっちがどっちかはよくわかんないけど-ひそやかに楽しんでいたのではないのかな。一方その頃の私はと言えば、せいぜいがところ新潮文庫で森鴎外や夏目漱石を読んで、同じ年ならば男より女の方がずっと偉いとか「暗闇で饅頭を食うように何となく神秘的」とか言った漱石(だったと思うんだけど)に反感と共感を抱いたり、鴎外の『ヰタ・セクスアリス』の「あなたは何がお好き」「金団が旨い」みたいなくだらないやり取りに喜んでたくらいの、はいはい確かに幼い奴でしたっけね。
今日は有馬王子の最期の歌に寄せる額田女王の気持ち--を描写した部分になんか泣きが入っちゃいましてね。例の、「家にあれば筍に盛る飯を草枕…」。おととしの熊野街道の途中で有馬王子の墓どころなんかに寄っていたので、なんかまた他人事に思えなくってさ。高校入りたてのピチピチのあの人は同じこの小説を読んで何を感じてたのかな。そしてあの人はやはり、人でありながら神の言葉を歌にする特異な能力を持ったこの女流歌人に深い共感を抱いたのだろうな、と思うわけです。男の目線から描いたであろうファム・ファタルは世に山ほどいるわけですが--峰不二子とかキャプテンウルトラのアカネ隊員とか(これは私だけかもしれません)--同じ男性の自分から見たかかるファム・ファタルに自分を重ねる女性の心理というのは、いまだによくわからないのです。
酔ってるから支離滅裂です。次!
_ [栗山千明] その2『鴨川ホルモー』
この本、寝床で読んでるのです。読むに至った動機は単純、この小説は映画化されてて(公開まだですが)、その登場人物の一人の役をやってるのが何を隠そう我らが栗山千明さんなのです。
栗山千明さんの役どころは、見かけが大木凡人に似てるので「凡ちゃん」と陰で呼ばれてる京大生。この凡ちゃんルックスがなんかすごくかわいんですよねー。ありだなー、ありあり。みたい。小説の中にはブナシメジの如き後姿、なんて形容があったと思う。
_ 今日も書きっぱなしでまとめなしです。いいじゃん、日記なんだから。。。