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2012-03-06 [長年日記]
_ 「こんなに頑張っているんだから良いことが起こってもいいはずだ」そんなことを考えている時、ひそかにその人は神(のような存在)と契約を結んだつもりでいる。こんな修行をしているんだから、こんな療法に打ち込んでいるんだから、こんなに祈りをささげているのだから、だから自分には良いことが起こるはずだ。
そのような神性が存在するかどうかはともかく、その神性は明らかに、その人と契約をした覚えなどないと言うことだろう。そして、そのような考えこそ自分の宗教にはふさわしくないことだ、とダメ押しの否定をくれることだろう。キューブラーロスの「死ぬ瞬間」には、そのような契約の果てにあきらめが続くという例をこれまた多くあげていたように記憶している。そこには明らかに、”とらわれた意識”がある。きっとそのようにとらわれていることこそが地獄、ということだ。春はいろいろと振り返って自己嫌悪になる季節だ。こんな気ちがいじみた季節に生まれた人間がろくなものになるはずがない。もうすぐ誕生日だなあ。