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2021-04-20 [長年日記]
_ 日付変わりましたが、ちょっと起きてます。会社の業務を一応終えてからお風呂を準備して、趣味のplotlyをやってみる。3dプロットはplotlyのページに例題もあったりして難なく完了なのだけど、計算結果が解せん。簡単なモンテカルロシミュレーションのつもりだったのだが、なんか根深そう。次元の呪いとか関係あるのかな。学生時代には関連の勉強結構やったつもりだったんだが、何も分かってなかったかもしれない。ええい、落ち込まん!そのための老人力ではないか。ほほう、ふがふが。そういうこともあるかもしれんのう。。。うむ心が軽くなった。けど自分が「老人と子供のポルカ」を歌ってる左卜全のように思えてきた。寝よう。
ゴーラー『死と悲しみの社会学』もうすぐ読み終わる。イギリスに限定された内容と先日タカを括ってたが、結語の章はもっと普遍的なことを言っているように感じた。この本は1965年に描かれている。大事な人を失った人の喪失感に寄り添うことのできない社会が既に現れている。その悲哀には一般的な段階が存在するというのも後年のキューブラー・ロスの『死ぬ瞬間』を予感させて興味深い。自分の場合はどうだったか。この本に書かれている多くの例ほどには喪失のショックを長引かせることはなかったように思う。死にいたるその大事な存在であった父も母も、それぞれが最期に至る過程をしっかりと私に示してくれて、また幸い自分はその姿を見続けていられたから、その間に覚悟と崇敬を持つことができたからだろう。事情を知らぬ人には老醜のように見えることであっても、親という存在の最後の責任は、子供らに死に様をさらけ出すことなのかもしれない。そういう意味で彼らの旅立ちは見事だったのだ。いや、ホント寝よう。
ジョージ秋山さん、昨年亡くなってたんだな。この人の作で読みたいものは本当に沢山ある。「ラブリン・モンロー」もまだ途中だった。パットマンXも好きだったんだ。「戦えナム」とか、読めるのかなあ。いやいやホントに寝るってば。