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2005-10-23 「経済学入門」受講 [長年日記]
_ やっぱり家でタバコ吸いながら講義が聴けるのは気楽だなあなんて思いつつ放送大学「経済学入門」を受講。今回は市場の働き。いつもどおり放送の中身は掛け合い漫才風でわかったような気にさせてくれるが、試験は心配だ。一般均衡理論の辺りは経済学では一番難しい分野なんだそうな。
社会的余剰=消費者余剰+生産者余剰で、市場経済が旨く行くと社会的余剰を大きくすることができるから市場経済は人類最大の発明だ、と。
林先生は学生が教科書を高いと言うと、高いと思うなら買わずに(放送では、『じゃあ君に3000円あげるから』と言っていたが)自分で教科書を書きなさい、というんだそうな。つまりその手間に比べたら3000円なんて安い、ということだ。が、本当はその教科書と競争しているもっと良い教科書があるかもしれないのだった。
いや、それでもまだ何か間違ってるぞ?インターネットによって情報はかなりタダで手に入るようになっているではないですか。が、その情報には著作者の明記という保証書が付いていない。著作者のある著作物をタダで入手することの犯罪性の根拠、ということか。
仮にネットで入手しやすい「保証書の無い情報」(実際にはガイドラインなどを設けて”保証書”をつけているホームページもあるが、免責事項を明記している場合のほうが多いだろう)と、家計に対してそれなりの割合になる価格の付いた、「保証された情報」(ただしここでは、著作者は著作物の情報の正確さには責任を取る、という原理が完全に実現されるものとする)と、情報消費者たるわたしたちは、両者のどちらからも得るべき情報を選択することができる。その二つの情報源が同じ市場で競争をするとする。結果的に両者の提供する情報の質はそれほどひどく乖離していないとしたら、どう考えても高い本は沢山売れるはずが無く、それを買うのはそれを読むことができるとか入手できることにブランドの如き価値を見出す「見得の消費」者ということになる(きっとわたしはその部類に入るんだろう)…市場が失敗すれば公共料金のように政府が何らかの介入せねばならない。なんだか妄想が膨らんできた。
ここまで書いてみて「保証された情報」をタダで入手できるという、極めて犯罪性の高い(?)行為を助長しうる公的機関があるということに気づいた。言わずもがな、それは図書館。横浜市立図書館は文献複写サービスをセルフサービスとしているため、著作権違反を助長するものではないかと言う批判を受けている。
_ 県立図書館とかながわ資料室へ。
県立図書館に借りていた本を返しに行く。紅葉坂の図書館前の欅はだいぶ色づいてきた。紅葉坂とは名ばかりでもみじの樹は見当たらない。
矢倉沢往還(大山街道)はそろそろ川崎市に入るので、川崎の街道資料を探してみると、検索結果に「地域書庫」に所蔵、と書かれている。これは何だと尋ねてみると、新館の4階に「かながわ資料室」というのがあってそこに所蔵されている本だという。行ってみて驚いた。館外貸出しこそできないものの、文化財調査報告書はもちろんのこと、鎌倉を中心とした中世の文献、小田原城の資料、神奈川を通る東海道の資料など、あらゆる歴史資料が所蔵されている。街道行脚の記録を本にして出している人も幾つか見出された。負けられん!なんて変に闘志を抱いた。次は調査項目を決めておいて朝から行こう、などと思う。
帰り際に横浜歴史博物館のチラシを入手。「よこはまの浦島太郎」展が始まっている。浦島が丘というところがあって、そこに近い慶運寺には浦島太郎とその父の墓所と伝えられている。これは行かねば。観覧料は一般500円のところ、学生だから200円だよん。