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2010-12-04 [長年日記]
_ 以前水島広子先生の「国会議員を精神分析する」で触れたが、自己愛パーソナリティの強いタイプは政治家に多い、ということだった。政治家に限らずわたしの身近にも沢山いる。会社の中には沢山の人間がいるので、精神病質人格の見本には、私も含めて事欠くことが無い。技術職である私の職場にも、自己愛の強い人間は何人もいる。私にも自己愛はあるのだが、あいにく現在は自己評価が著しく低いため自己愛パーソナリティの強い人たちの餌食になる危険性を抱えている。つい先日もそんな犠牲になりかけた。不幸なことに、私がその人を避けていることがその人にはわからないらしい。こちらも当人に好意を持っていると信じているようだ。自己愛が強いから。当人は、「自分は人を否定するようなこと言わないよ」なんて言ったりする。自己愛が強いから。そんな人間が自信たっぷりに否定的なことを言うとネガティブな思考が腫瘍のように脳のどこかにへばりいて離れない。トレーニングで汗を流していても体の動きとはうらはらにその人のことばかり考えてしまっていた。
それでも、汗をかくことは良いことだし、その人の否定した私の努力が間違っているとはどうしても思えない。思い返せば、人の失敗をよく笑いの種にしている人物だ。そんな人のことを考え続けるよりも、考えるに値するずっと大切なことが沢山あると気付いた。ゴレンジャーのナゾナゾのこととか、熊野古道の道の確定とか、因果律に支配されない世界の統計学のこととか。自分にとって重要と思えるさまざまなことを思うならば、その人と私の関係など無きに等しい。私は共依存の罠には嵌ろうと思わない。
最後に、この記事を読んでいるあなたが誰であれ、あなたのことを私は言っているのではない、と付け加えておこう。私の言うことが信じられないのなら、あなたのことを自己愛が強いと言っている私の言葉も同様に信じるには値しない。あなたには私の言葉に怒りを感じるいかなる理由も無いはずなのだが…。