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けいりう堂日記

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2012-06-01 [長年日記]

_ 出張。新幹線に乗って出張というのは半年ぶりくらい。疲れたけど成果はあったように思う。明けて土曜はこれまた久しぶりの放送大学面接授業。


2012-06-02 [長年日記]

_ 面接授業一日目。題目は「寺田寅彦を読む」。シラバスを見ると、事前に2冊の文庫本を読むようにとの指示があるのに気づいたのが昨日の夜帰宅してから。1冊は「柿の種」で、これはだいぶ以前買って積読になっていたものをうまく発掘したが、もう一冊(角川ソフィア文庫『天災と日本人』)が無い。これは随筆集なのだが、幸いなことにうちには、第一巻のほんのさわりしか読んだことのない、岩波の寺田寅彦全集が全巻あるのだった!
 見よ諸君、かくして積読は悪徳ではないのである。だが、『天災と日本人』に収録されている中の2編が全集には収録されていないようだったので、結局遅ればせながら購入することにして、夜中にとりあえず全集に収録されている分をほぼ読み、あとは『柿の種』を柿の種をポリポリ食べるように読み、そのうち寝てしまったのが深夜のことだった。

講師の先生は榑沼(くれぬま)先生と言って、建築論や哲学をなさる方である。これはつまり、現代思想家ということなんだろう。なぜ寺田寅彦なのか、ぬるいこと言ったら必殺理系攻撃でも浴びせてやるか的なことを少し考えつつ初日の講義に参加。すると大変に面白く、先生は俺なんかと違ってなんというかフェアで大人な物言いをする方だったので、理系攻撃は温存することにしたのだった。時間の関係で手短にではあるが、私の好きなフラクタルの話など出てきた。翌日は各人がこの講義や寺田寅彦にまつわる話題を話す時間があるということだったので、昔やったようなべき乗を利用した計算を用意することにした。つづく。


2012-06-03 [長年日記]

_ 面接授業二日目。昨日の計算結果を持って行って発表。ちょっとしたおやじギャグを交えたら榑沼先生を含むクラスの少なくとも1/4からは笑いを取ることができたように思えたので大変満足だったが、そのときの自分のドヤ顔が想像されてしばらく落ち着かなかった。その後、以前見て震撼したオンカロの最終処分場の話や武満徹の音楽や、果てはももくろZなど、先端の思想的の問題に取り組んで毎日頭の中が四角いジャングル状態(というようにみえるともみえないとも知れないのだったが)の学者が、対象を読み解くためにありとあらゆる表現に切り込んでいく姿は、カオティックというよりはいっそすがすがしいものだった。自分の表現も、ひとえに数式やグラフのようなものにとらわれる必要はないのかもしれない。
 レポート提出が二週間後。私はルクレティウスと、その思想の源流にある敬愛するエピクロス、そしてそれらの思想を受け取って興奮気味の寺田寅彦、といったものたちを時間の許す限り自分なりに読み解いていきたいと思う。今回の講義を通じて、寺田物理学という先進的すぎて異端視された方法論は、実のところ風土的な意味で日本で無くては生まれえなかったものと捉える事が出来たのが収穫だった。そして、ではなぜ寺田寅彦一人だけなのだろうか、という疑問がわいてきている。たぶんそれは不見識というものなのだ。物理の世界なら寺田一人だけかもしれないが、他の分野にもこの複雑で多様なパッチワークでできた不思議の国・日本をそれに適したアプローチで読み解こうとした人物がきっと何人もいるのだ。そう思えば私の今の心境は、私淑すべき心の師の多きことに思いいたって武者ぶるいする遅れた新入生の志なのである。


2012-06-04 [長年日記]

_ ヨガ行ってから、土曜に受けられなかった英会話の振替に出席。イントロの会話はそれなりに楽しかったんだが、テキストに沿ったやり取りがどうにも噛みあわない。噛みあわないと言ってもこっちの英語のスキルが無いせいに決まっているので、一方的に噛みあわせられなかったというべきことと思う。ちょっとブルーだ。苦手意識を持ってしまったらこの先つらいなと思うのだが、きっと夜も遅かったので自律神経が疲れていたために過剰に否定的に受け取ってしまっているだけなのだと思いたい。

_ ルクレティウスやエピクロスのことを考えて、放送大学の「ギリシャ哲学」や「倫理思想の源流」を読み返してみたのだが、エピクロスに関する記述はぜんぜん少ない。何か誤解しているようだが、なにがきっかけでエピクロスに傾倒するに至ったのかそのきっかけがわからない。日記には「アタラクシアを求めて」としか書かれていないし。アタラクシアは放送大学の何かの講義で習った言葉と思ったんだがなあ。


2012-06-05 [長年日記]

_ 今日は午後出社とした。私事ながら連休は講義に出ててちょっと疲れ気味だったため。そして夕刻も早く帰り、図書館によって目いっぱい本借りてきた。(1)「中谷宇吉郎随筆集」(岩波文庫) (2)「マルクスエンゲルス全集第40巻」(大月書店) (3)「現代日本思想大系28和辻哲郎」(筑摩書房) (4)「写真と図で見る日本の地質」(オーム社) (5)「ギリシャを知る」(PHPエル新書) (6)「ルクレーティウス 物の本質について」(岩波文庫) すべてレポート書くための材料になるかも知れんと思って借りてきた。(2)は、カール・マルクスの学位論文が収録されているのだが、この論文がなにを隠そうデモクリトスとエピクロス(どちらも原子論を唱えている。前者の方が時代は古い)の学説の差異に関するものなのである。これを読めば、マルクスがどんな参考資料を読んだかが分かる、というのがいい。俺が今レポートを書くことを予見してラテン語やギリシャ語の文献を読みあさってくれて、しかもノートまで残していてくれたとは感心な学者だと思う。こういう賢いクラスメートが一人くらいは大学にいたものだ。そしてそんな学生には今度なんか奢るからと言ってノート借りたりしたもんなんだが、この場合図書館でタダで借りられるのだと思うとちょっと罪悪感を感じる。。。


2012-06-06 [長年日記]

_ わたしにしてはめずらしく2週続けて出張。今回は車中であわてて資料を作る必要が無かったのが良かった。新聞を隅々まで読み、帰りはこじんまりした会議のレジュメなんか書いたり寺田寅彦の「柿の種」なんか読んだりしてた。それでも、移動時間のロスタイムを容認する気にはあまりなれないのが事実。


2012-06-07 [長年日記]

_ 「にっぽん歴史街道」をわき目に見つつ、ビデオ資料を整えている。京都の逢坂山付近が映っている。だから今回は東海道である。琵琶湖疎水の隧道の建築が映っており、大変に趣深いものと思う。歴史的建造物の与える感銘の理由もまた、自然への畏敬がその大元にあるのだと気付いた。その建造物は自然を従えるの意図で作られたのではなく、畏れ敬い共存を目指す大いなるネゴシエーションの成功の証しだからである…


2012-06-08 [長年日記]

_ ある意図があって映画のいろんなシーンを見かえしていた。70−90年代のSF的な映画。そのころの技術から見て未来的と思われた事柄、たとえば3次元像を動画として記録・再生する技術は、今も実現されているとは言い難いことと思う。「ブレードランナー」を見ていて思ったのは、レプリカントの技術は、クローンや再生医療の技術の倫理的側面が問題にならないのなら、実現の可能性の大きいもののひとつのように思われる。一方、同じ映画に出てきた、写真の細部を再構成するコンピューター技術はどうだろう。デッカードはピアノの上の1枚の写真を、ブラウン管ディスプレイのあるコンピューターに読み込む。画面はいくつかの区画に分けられ、デッカードはコンピュータと会話をするがごとくコンピュータプログラムを操作して、写真の微細な一部にある、追っているレプリカントの寝顔に行きつく。このユーザーインターフェースのことを考えるのも面白いのだが、この操作の過程で、画像は明らかに、撮像した方向からは決して得られることのないであろう方向から見た画像を再生するのである。また、おそらくもとの画像を100倍以上は拡大していると思われるのに、拡大した画像はほとんど劣化していない。つまり、ピアノの上に無造作に置かれていた1枚の写真は、その古くさく何の変哲も無さそうな外見に反して、画素数にしてざっと20億ピクセル以上の超ハイビジョン画像ということになる。現在のハイビジョン画像でも200万画素くらいとなるから、そのさらに1000倍というのは尋常ではない。しかも立体情報を有しているらしくも思われるのだから、深さ方向の情報もこの写真には含まれているのである。この方向の分解能は少し悪くて水平方向の1/10くらいとしても、少なく見積もって10テラ個くらいの画素数に相当する。今1テラバイトのハードディスクがあったとすると、そこにはアルファベットが1テラ個(=1兆個)しか記録できないんである。一方、画像データの1ピクセルはやはり1バイトは使うことが普通(1バイトあれば256色を表現できる)なので、結局先ほどの写真1枚の持つ情報量は、実にDVDレコーダーに搭載されているハードディスク10台よりも豊富な情報量を有しているという計算になってしまうようだ。それを1枚の紙(のようなもの)の上に記録することは、私には、レプリカントを作成する技術に匹敵するくらいむずかしいことなのではないかとも思えるのだ。


2012-06-09 [長年日記]

_ 雨の日・とうとう梅雨入りしたらしい。ジムさぼり、午後英会話。イギリス人の先生との会話は楽しく、相性というものもあるように思う。以前は先生は秦野で働いていたという。タバコが名産(今も作ってるとは思えないのだが)というので「タバコフェスティバルがありますよね」と言ったら、「そうそう、みんなでタバコ吸ってね…って違うわ!」というノリツッコミは無かったのだが、聞いた時にはそういう祭りは嫌だなあとか思ったと言っていた。ヒアリング間違ってるかもしれない。


2012-06-10 [長年日記]

_ レポートとちょっとした宿題(会社の関係)で気ぜわしい日曜となっている。しかし睡眠時間を削るつもりはない。とりあえず和辻哲郎の「風土」を読みたいんだが間に合わない気もする。ルクレティウスもすべては読めそうにない。ましてマルクスの学位論文も…なんと学生らしい悩みなんだ。抜け毛の心配しながらレポートの心配もするようなおやじになるとは思わなんだ。文庫本の棚が壊れたのでちょこっと修繕してたら、奥の方からドクター時代の写真が出てきた。助手の先生の結婚式で「私祈ってます」の替え歌を歌った時の写真だ。スタイルが良い。目つきもシャープだ。つまり、いい男なのである。少なくとも現在の自分に比べると。あの頃の自分にとって今の自分は、おそらく許し難い類の人間であることだろう、などと思う。こんなに生きてるとは思わなかったんだよ、あの時。すでに俺は長生きのリスクというものを感じ始めている。

_ いやそんなことよりだな、本読む時間が無い無いと書いてるそばから、寺田寅彦関連の本が2冊も出てきちゃったじゃないか。うちは一体どうなっているのだ。散らかっている?それほめ言葉ね。くそう。。。


2012-06-11 [長年日記]

_ 結局会社帰りにBOOKOFFに立ち寄り、「風土」を買ってしまう。今週中に読了は無理かと思う。さすがにルクレチウスは無かった。まだ参考書読んでる最中。レポート提出期限は日曜の17:00くらいだ。さてさて。


2012-06-12 [長年日記]

_ ここ何回かさぼってたヨガクラスに参加。梅雨入りして気温も不安定な時期ゆえにこそちゃんとケアしたいところだ。今日のダウンドッグはなかなかいい感じに決まった。おけつの穴を天空高く差し出すような感じでやると良いように思う。猫の伸びのポーズも後ろに向かってそんな感じでやると良いように思う。うちの猫達は少なくともそうやってる。俺はこれを”欲しがり屋さんのポーズ”とひそかに呼んでいる。何を欲しがってるかはマル秘。


2012-06-13 [長年日記]

_ [漫画]畑中純さん、亡くなる。

言わずと知れた(←最近の俺はこういうことを言うたびに『それは知らない』といったことを言われる)「まんだら屋の良太」の作者である。この漫画は漫画サンデーという比較的に俗悪なエロ本に近い週刊誌に連載されていたものだが、この「まんだら屋の良太」はそのような誌面の特徴をさらに際立たせる作品のようであった。なんだか汚い漫画だなと思いつつもあからさまな性描写に惹きつけられて、大学に入りたてで初めての一人暮らしをしていたときの慰めとしていたものだった。一人暮らしをして最初にこれは是非しなくては、と思ったのは、まさにいけない雑誌を堂々と買って部屋で大っぴらに読むことだった。私の周囲の大人の男たちはほぼエロ本を読んでおり、わたしも大人の男ならばエロ本を読まねばならぬ、といったような義務感を感じていたようである。最初はそういった汚いエロ漫画と思っていたこの作品は、そのうちなんだかわからないが高い評価を受けるようになっていったのだが、今マンサンコミックスで読もうと思ったらキミ、結構そろえるのは大変なのだぞ。ああ、いつ捨ててしまったのだろうか、あのエロ漫画。エロマンガ島に行けばあの頃捨てたエロマンガに巡り合えるのだろうか…九鬼谷で温泉に入ってみたい。でもそんな場所はどこにもないのだ。昔から。


2012-06-14 [長年日記]

_ 仕事メールの最後に「○○さん(宛先の人)にモテキが来たようです」と書いてからなんかこれだけじゃつまんないなーと思い、カウボーイ・ビバップの中のセリフを書いた:「キミの瞳…に映った僕に乾杯」。返事が来た:

「すいませんスルーしてました。これはけいりうさんのオリジナルでしょうか?俺と付き合うと楽しいよ、俺が‐モト冬樹‐」

この人はひそかに達人であると私は認めている。顔立ちが若いころの歌奴(圓歌)にそっくり。


2012-06-15 [長年日記]

_ 数日たってから過去の日記を埋めるようなことはやめた方がいいのかもしれない。が、止まらんのだ。とある意図があってしょーもない資料を作って人に見せるということをやってる。「見る」(あるいは見ない)ということが含まれていれば何でもいいような縛りともいえない縛りを自らに課して何かネタをあさっている。そのことによって、自分は何を見たがっているのだろうか、そして本当は何が見えているんだろうか、みたいなことにあらためて思いを致していたりする。こういうことをやってるときの自分はかなりエネルギーを使っている。あとでぐったりしたりしないようにしなくては、と思う。パワポの害悪はクリティカルシンキングを妨げることにもあるが、資料を作る方は結構クリティカルな思考をしてたりする。それを見て思考の妨げになるというのは、見る目が無いことを暴露しているようなもので、国語の授業を暗記科目のように思っていた人の言うセリフではないのか。しかし使える表現が限定されているからこそ文学の鑑賞が学術的なものとして成り立つのかもしれない。限定されたツールで表現しているというルールの中で、作者はどのような意図でその表現を「選んだ」のかと考えることは解法がありそうにも思う。でもどんな方法でも、となったら犯罪捜査なみに広範囲の調査が必要となることだろう。学問の世界であっても、調査にかけるべきコストは有限なのだ。かくして、全てを物語っている情報は解釈することができない。それは確かにクリティカルシンキングには遠いものともみえる。

とある機会があって、品質管理関連の先生の講義を聴くことができた。そのとき、田口玄一さんがお亡くなりになっていたことを初めて知った。今月の頭だ。線点図の使い方で悩んだことや、禅問答のような言葉など思い出す。友達と言うことではないが、友達のような人の死には悲嘆ではなく思い出をもって弔いたいこと、と思う。とりわけ私にフィッシャーを学ぶきっかけを与えてくれたタグチメソッドに敬意を表わしたい。これからのこの手の分野がどう展開していくのかも注視していきたい。現代のフィッシャーやゴセットの登場に注意を払いたい。


2012-06-16 [長年日記]

_ 今日は忙しかった。ヨガ行って放送大学に行って本借りて、市立図書館行って本借りて、大きなかばんのまま英会話教室行ってせんせーに「なんぞその大いなるかばんは」のようなことを英語で言われ、レポートのための読書して、夜半におもむろに書き始めて2時過ぎに力尽きて一度寝た。


2012-06-17 [長年日記]

_ レポート出してきた。結構書きたいことがかけたような気もするので満足している。が、ネタ出しに使ったマインドマップを添付するの忘れたよ。マインドマップって、なんで人に見せたくなっちゃうのかね。俺の頭ん中こんなだぜーおまえは?みたいなノリってことだろうか。来週も面接授業。古事記だ。興味深い。もうすきすき。


2012-06-18 [長年日記]

_ いまひとつ週末の疲れが抜けきって無い感じ。ちょっと遅刻したけどヨガに出かけた。ジャンプスルーで手の間に足を通して前に足を延ばしたり逆に前に出してた足を後ろに伸ばしたり、という技を学んでるところ。ジャンプ!と思いきや床にずるずる…という感じになって、実にだらしないことになる。できるようになるのか?胡坐書いて後ろに両手回して腰の方から両足の先をそれぞれの手でつかむ、みたいなアーサナも最近理想体重を1割程度超えているせいでなかなかできるようになれない。お米食べるようになってほぼ3キロ体重が増えたのは悩みだ。疲れてると体重が膝にかかるような気もする。もっと軽くなりたい。空中浮遊したい。空を飛んで岩の上にいるプチト・クロワを抱きしめたい。飛ぶ夢をしばらく見ない。


2012-06-19 [長年日記]

_ たいふー。の影響の暴風雨。風の音はものすごいが、思ったほど家が揺れないのは風向きの関係で両隣が風よけになってるせいだろう。TVKで音楽缶みてたらSEKAINOOWARIというグループのPVに死神の扮装をした宮崎あおいちゃんがでてきてドキンとした。CD買ったらPVついてくるんかな。


2012-06-20 [長年日記]

_ ブレードランナーの写真を走査して捜査するシーンのことを先日書いたが、このひとのページに、コレクターズエディションの中にあるいろいろな裏設定が書かれてる。欲しくなるやろ!写真のシーンはハリソン・フォードのアイディアなんだって。当初捜査のシーンが全くなかったということで。ロイの最後もルトガー・ハウアーのアドリブだし、俳優といろんなところでコラボした作品となってるんだな。

_ 朝目覚めが遅く、不調を感じて休養取る。腰のあたりに痛みを感じるんだが骨や筋肉でなく内臓から来てるような気がする。蒸し暑い。

ロケみつの録画と勝手に観光協会の録画見てるとこ。たまたまネットで取り寄せてた白石うーめんが夜届く。油を使ってない麺が体に優しく感じる。こういうのも旅の経験の恩恵と言えるのかもしれない。雪の日に、珍しいだるまの石仏や乳神の石仏を訪ね歩いたことや、白石城で食べたホワイトカレーのことなんか思い出す。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ うにゃ [う〜マンボ!]

_ けい [だれがケイコのマンボだ。繰り返して言ってみよ。ケイコマンボケイコマンボ…(出典:殿様キングス)]


2012-06-21 [長年日記]

_ うーめんのおかげで…ということかどうかわからないが、だいぶ楽にはなったのだが念のため今日も休養。風邪のようでもありそうでもないようでもあり。でも夜にはヨガやってやっぱり疲れたりしてた。「勝手に観光協会」おもしろし。


2012-06-22 [長年日記]

_ 会社行く。仕事してるとまた少し発熱してるような感じ。おなかも緩い。以前大酒を飲むことを日常としていたころにはこういう症状もまた日常だったように思う。それを太田胃酸を大量に飲んだりしてごまかしてはまた大酒を飲んでさらにごまかしていつの間にか治ったともなく治ったような気になっていたように思う。今はそういうことではないから、それなりの対策を取ろうと思ったのだがとりあえず熱が出たり下痢をしたりということは体の不都合に対する正常な反応と心得て、挙句とった食事は湯豆腐。たぶん肉類は体温を下げる方向に働くのではないかとか梅雨の季節は湿気の邪気が体にはいりこむんだろうとか怪しげな理屈を立てた故の行動。豆腐4丁位食べた結果、まあこれは悪くなかったんじゃないかと思っている。できればもう少し上等な豆腐にすべきだったかもしれない。この季節あえて鍋物というのも良いのかもしれない。でも、そうだとしたらなぜそういう料理が季語になっていたりしないのだろう?私の怪しげな理屈は長年の日本の習慣によって否定されているのではないかと思う。

_ 否定されていると思ったらそうでもない。水毒とか湿邪とか言ってどうも伝統的に「なんとなく気分が良くない」時期ではあるようだ。昨年はそれ以上にメンタルが不調だったように思うのであまり感じなかったのではないかと思う。この日記の「長年日記」で過去の同様の季節の記事を見てみると、3つほど風邪ひいたとか発熱してるとかいう記事がある。どれを見ても似たような症状のように思われるから、少なくとも自分の歴史上は同じことを繰り返しているということだ。たぶん風邪じゃなく湿邪なのだ。そして、湿邪を除くのにはどうやら豆類を取るのが良いと言われている。そういえば経絡ヨガの先生も小豆がいいとか言ってたような気がする。というわけなのできっと湯豆腐は正解だったんだと思うぞ。まあ明日の体調が証明になることだろうが…

_ と書いてる最中にちょっとした違和感を感じてとある個室へ。なんというか体の水はけが突然良くなった。さっきまで重く感じていた頭もついでにすっきりしたように思われる。これで湿邪から回復したのだとなるとちょっと出来過ぎな気もする。まあこれでもしかすると、この季節にこれまで風邪と感じていた病的な状態は風の邪気ではなく湿度の邪気だったということになるかもしれない。しかし、会社を休む時の言い訳になるんだろうか?「風邪で休む」とは比較的言いやすいのだが、「湿邪で休む」と言っても人はそう簡単に理解してはくれないだろう。でも、寒さと乾燥により起こる邪気が風邪で、それは比較的多くの風土において起こりえるようなグローバルな症状なのだろう。より複雑な自然環境に暮らすわれわれ日本人にとっては四季それぞれに応じた邪気にもとづく症状というのがあってもいいはずではないか…と思ってちょっと検索したら出るわ出るわ、風邪・湿邪・暑邪・燥邪・寒邪・火邪。これは付け焼刃では手に負えないので専門家に任せよう。


2012-06-23 [長年日記]

_ 放送大学面接授業「古事記を楽しむ」一日目に参加。今回は特に宿題とかもなかったのだが、授業中にちょっとした古代文学クイズが出た。以下の空欄を埋めよ:

・710(和銅3)年・平城京に遷都

・712(和銅5)年・「(1)」成立

・713(和銅6)年・「(2)」撰上の詔

・720(養老5)年・「(3)」成立

・759(天平宝字3)年・「(4)」の最も新しい歌、この年

・905(延喜5)年・「(5)」成立

 古代文学ということと、撰上とか歌とかいうヒントを利用すると(2)が風土記で(4)が万葉集だろうということは予想できた。古事記の授業だからどこかに古事記と日本書紀を入れねばならないと思うと、古事記の方がちょっと古かったかなと思って(1)を古事記、(3)を日本書紀かと思った。これらはみな正解。最後が分からない。「源氏物語」と書いたらやっぱり間違ってた。「古今和歌集」が正解。そーだよなー。今改めて見てみると、物語文学は竹取物語でも900年代の中盤だ。思ったより新しいジャンルだな、と思う。しかもわが国の物語のはじまりであるこれはそのフィクションである点に注目すれば、なんとSFだ。科学が成立する前だからサイエンスということは正しくないけど。この問題には大きなヒントが隠されている。今年は2012年。古事記成立からちょうど1300年という記念の年ということである。いまなぜ古事記なのか、という問いかけからそれを読み取ってほしかった、とは先生の言。

第1日目は因幡の白ウサギを例にして、古事記に書かれていることを丹念に読み取るという面白い講義だった。奈良の昔に古事記が編纂されたその当時には兎の神様というのが知られており、古事記本文中にも大国主命に救われた兎が「大国主命が八上比女をめとることになるだろう」という神託を与えることから、物語の最初からこの兎は聖なる存在として設定されていたと読み解く。書いてあることを正しく読み取るとそうなるのだと納得できる。だが、そのような兎の神が、はたして「わに」(この存在が何を意味するのかも問題である)をだますようなイタズラものであることとは整合するのだろうか。
 ここにトリックスターという存在のことを想う余地がある。また、おどけたエピソードの末にある通過儀礼(たとえば赤裸に剥かれること)を通じて英雄的存在に昇華されるという典型(孫悟空の話を思えば良い)、複数のエピソードの習合といった成立の謎を思うことは楽しいことだ。しかし健全な文学という学問においてはおそらくそれ以上に踏み込むことをしない。同時代の遺物を考古学的に科学したり、兎神モチーフの編年や地域分布などを民族・民俗学的に分析することにより次第になされていくことなのだろう。
 文を読み解く場合に前提としていることがある。それはその文を記したものが論理的な思考をする存在であり、かつその文が「何らかの意図を」他者に伝えようとするものである、という前提だ。そこを間違えるとそのあといかに精密な分析をしたとしても無駄になる。もちろん「なんらかの」意図ということだから、偽書というものも考察の対象となるのだが、こちらは表面的な記述からさまざまに裏を読んでいく複雑な作業を必要とする。逆の言い方もできる。これらの前提に合致しないものは文学の対象とはならない、という言い方である。まあ読み解くことができるものが読み解くべき対象であると言っているにすぎないのだが。

_ 帰りは弘明寺から桜木町まで大岡川沿いに歩く。日ノ出町あたりの裏風俗の店が一掃されてからもう5年は経つだろうか。改装された飲食店などをちらりのぞいてみると、そこにはやはり往時のちょんの間の造りが残っていたりする。そういう記憶もいずれ消えて、ウォーターフロントに至る健全な遊歩道になっていくだろうか。それとも何かをきっかけにまた裏歓楽街として復活するのだろうか。横断歩道をもっと整理してくれるとウォーキングする側としてはありがたい。


2012-06-24 [長年日記]

_ 昨日東急ストアで北海道物産を多数売っていて、雪印の6Pチーズのホタテ味とスープカレー味というのを買ってきた。ホタテはともかくスープカレー味なんてゲテモノだろうと思ってたらこれが意外にうまいし。お昼はマルちゃん焼きそば弁当だよー。

_ 焼きそば弁当あまりうまく感じなかった。弁当たるゆえんである中華スープもしかり。胃もたれしながら手塚治虫の「プースケ」とか「ひょうたん駒子」のようなけしからん作品を読みつつ午睡。

買い物に出かけてから食事。玄米、とろろ、しじみとあさりに海苔を浮かせた味噌汁、秋刀魚。うまし!NHKラジオ第二聞いている。カルチャーラジオでは今月は「ロビンソン・クルーソー」。武田将明という先生の講演で、この方は2011年に河出書房からロビンソン・クルーソーの新訳を出している。作者デフォー(1660-1731)と言う人はスウィフトの同時代人で、前者は「ロビンソン・クルーソー」、後者は「ガリバー旅行記」でそれぞれ有名だが、どちらもそれほめ言葉ねといわんばかりにおかしな言動を残している。デフォーは非国教徒を擁護しようとするあまり、痛烈に皮肉なパンフレットを書いた結果つかまってさらしものとされ、スウィフトはアイルランド人の窮乏を救う画期的な方法として新生児の肉を食用に供する"穏健な提案"をしたり(ちなみにこの"提案"を読んだ夏目漱石は、こいつ狂ってるとつぶやいたらしい。スウィフトもそれに対して『それほめ言葉ね』って返したとか。。。)、スカトロ臭満載の「淑女の化粧室」など書いたりもしている。文学者がこういう人の作品を取り上げてさまざまなことがらを読み解く講演というものには名人と呼ばれる咄家の語り口に通じるものがあって大変面白い。ただこの番組はテキストを出していないようなのでそれが残念だ。まあデフォーのような人物であれば研究書は山ほどあるに違いない。それにしても、と思う。この番組でもロビンソン・クルーソーとの比較(ライオンと戦うシーンの比較)で出されていた「ドン・キホーテ」でも、ガリバーでも、あるいは因幡の白ウサギでも、良く知られた物語ということになっておりながら、本当はどんな物語なのかと問われたらなかなか答えられるものではない。まず原作を読むということ自体が簡単でない。その作品の成立した環境や時代の知識を持たなくてはならない。まして原文を読もうとするなら、そこに語学上の大問題が立ちはだかる。訳本を読むとしても誰の訳ならば信頼できるかということもある。そうやってあるテキストを選択できたとしても、それが現在も出版されていることはそう多くない。出版業界においては悪書が良書を猛烈な勢いで駆逐している。しかもこのような学究的情熱に付け込むかのように、絶版の図書には、古典的な経済学では説明のつかないような高値がつけられているのである。
 そんなわけだから、名作を、そして原作を読もうとすることを一度志したなら、もう新刊の小説なんて読んでいるゆとりなんてあるものではない。まして細やかな読み解きなど始めようものなら…。

本日のツッコミ(全3件) [ツッコミを入れる]

_ うにゃ [a---!焼きそば弁当いいなぁ〜]

_ けい [そう思ったんだけどどうやら長い内地暮らしのせいで、自分の体には今やペヤングや一平ちゃんの方がうまく感ずるようになって..]

_ うにゃ [長い内地生活はうにゃもだが、やはりぺヤングや一平ちゃん・UFO、カップやきそばどれもおいしいが、やきそば弁当のあの味..]


2012-06-25 [長年日記]

_ [食べ物・飲み物] ペヤング!

昨日の「焼きそば弁当事件」を検証すべく、帰宅遅くなったこともあり、ペヤング焼きそばを買ってきた。そして食した!結論。焼きそば弁当よりペヤングの方が旨い!と感じた。たぶんこっちのほうがどぎつい味なのだ。そしてそのどぎつさにいつしか馴らされてしまった俺がいる。そういうわけだから次は一平ちゃん食べることにする。せっかくだからサクラエビも買ってかやく増量すっかな。明日は年休取って久しぶりに神保町いっちくるじ。

本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]

_ うにゃ [く、くやしい;; 今日はお休みだったんだね〜天気よかったしさわやかな日だったよね。実は私もお休みしたさvv]


2012-06-26 [長年日記]

_ 神保町行った。

それにしても近年ますます神保町で書籍を買わなくなってきている。単に神田伯剌西爾で珈琲買ったり飲んだりエチオピアでインドカレー食べたりスイートポーズで餃子食べたり荒魂書店で昔のAVのVTRを冷やかしたりたまに買ったり。でもコミック高岡と明倫館には寄るようにしている。今日はいがらしみきお&山上たつひこの「羊の木」第2巻と小林まことの長谷川伸シリーズ「一本刀土俵入り」を見つけて購入、ほぼ電車の中で読了す。


2012-06-27 [長年日記]

_ スカパーで録画した番組のいくつかが2時間を大きく超える映画のため、どうやってDVDに落とすか悩んでた。2枚に分割するのもやだなあと思ってアマゾンを調べてると長時間録画用のDVDメディアってあるじゃないかとわかって即注文をかけた。それが届いたので使ってみたらうちの録画機は対応してないじゃないか。この時代に互換性問題でやられてしまうのは久しぶりだなあと妙にすがすがしい。全く関係ないが「道案内」のPVの一青窈の衣装がなんか不健康的なエロスをかもし出している。白い薄手のセーターに見えるのだが、これってどうして胸が強調されてしまうのか。一青窈に発情を覚えてしまう自分に大きな敗北感を感じる。


2012-06-28 [長年日記]

_ 仕事の関係で立体視の技術の講演を聞いた。3Dの需要がいまいち無いことの理由に、体感していないというのがあると聞いた。電気店の3Dテレビのデモとか劇場で映画見るとかあるのだろうけど、手軽に体感するのには3DSでモンハンでもやるといいんだろうか?それもいいけどなんとなくXBOXにキネクトをつけて、テルミンを演奏するみたいにゲームを操作するというのもやってみたいような気がする。いま、ベヨネッタというヒロインがたいそうエロいゲームに興味を持っている。敬愛するエロマンガ家天竺浪人さんがとある作品の中で大層プッシュしてたので気になっているのだ。これをプレイするためにはPS3かXBOXが必要なのだ。しかしゲームなんて最近4−5年の間クリアするまでやりこんだことが無い。買っても無駄になるんじゃないだろうか…。

本日のツッコミ(全4件) [ツッコミを入れる]

_ うにゃ [子供にけい様がほしかったソフト、内容を忘れておしえるところだった。。あぶないあぶない。 ゲーム機意外とネットで高く..]

_ けい [対象年齢17歳以上ですってさ。俺がエロいと言ってるだけでそれは俺がエロい眼で見てるだけってことだと思います。ある程度..]

_ うにゃ [エロ星人ですね、けいりう堂さんはwww]

_ けい [もう治らないです]


2012-06-29 [長年日記]

_ ときどき思いついたことを忘れないようにするために、私は自分とのコラボツールをいくつか用意している。この日記もそのひとつで、モバイルから書き込みしたり画像を貼り付けて更新したりするのだけど、この間の湿邪の話題のように、過去の自分の行動や状態を今の参考にするのにはなかなか良いと思っている。紙に書きつける形の日記ではなかなかできないことだ。wikiというのも、会社でも自宅でもノウハウを書き留めておくのに適している。昔は自宅の電話にメモを留守電するというのも多少やっていたが、今は断然と自宅PCへのメールが威力を発揮している。明日会社にもっていくものを自宅にメールしたり、会社についたらまず何をやるかを会社のメアドにメールしたりして、なかなか好適に使えていると思っている。そんなこともあって誤爆は絶対にしてはならないのだが、一度、自転車のチューブをネットで買っとかなきゃと思って「チューブ買う?」と言うメールを自宅に入れたつもりが会社のとある同僚に送ってしまって「?」という返事が来たことがある。たしかレ・ミゼラブルを書いたユーゴーが、売れ行きを案じて「?」という手紙を出版社に書いたら「!」という返事が出版社から届いたという世界一短い手紙の故事があるが、ちょっと似てると思う。

今日帰宅すると、外出先にいた自分から「たまには洋ピンが見たい」というメールが届いていた。一瞬フィルタからこぼれおちた迷惑メールかと思った。たぶん眠気覚ましにトイレかどこかで書いたんだろう。ただ、それを見た自分は「全くだなあ」とつくづく同感したのである。メールを使って自分とコラボしているうちに、自分の人格がなんとなく分裂してきたような気がして少し怖いんである。


2012-06-30 [長年日記]

_ 6月終わり。放送大学面接授業「古事記を楽しむ」楽しめた。日本書紀の日本武尊読めて良かった。古事記の記述は景行帝に対する不信感のようなものが見えている一方書紀の方はもっといい子ちゃんだ。「日本誕生」がとても見たくなってきている。読むものばかりか見るべきものもたまりにたまっているため、定年が待ち遠しい。


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