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けいりう堂日記

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2016-06-01 [長年日記]

_ [漫画]「侵略!イカ娘」最終巻、安部真弘、秋田書店、2016。

先月の頭に出てた。表紙ではイカちゃんが大好きなエビの大きいのを抱えてニッコリしてる。長い長い夏休みが、とうとう終わったのだなあと思う。イカちゃんのスカートの中がずっと気になってたよ。→スク水らしい。どういうことだよ。イカちゃんは海の中ではどのように暮らしていたのか。家族は?社会は?たぶんちょっとくらい作中では触れられていたのだろうが、全く記憶に無いし知ってても結局関係ないという。まあなんというかちょっぴりさびしいでゲソ。


2016-06-02 [長年日記]

_ 早く帰ってきて、最寄駅前のスーパーで買い物。すでに味のつけてあって焼くだけの鳥胸肉300グラム皮なし、というのが調理しやすくて二日連続。今日のレジも夕食のための買い物客で混んでいた。だが良いこともある。レジ嬢が、俺のオキニのレジ嬢であったのだ。最近は朝はスーパーの開く時間よりずっと前だし、帰りの買い物もあまりしなくなっていて日曜にもっと安い店でまとめ買いしとくことが多かった。そんなわけで俺のオキニ嬢とはシフトが合わなかったようだ。一年以上見かけなかったのではないか。この嬢と言うのが、宮崎あおいを7-8cmほど背を低くして、そばかすを減らして、アヒル口を少々緩和して、そして鼻を5mm程度高くしてわずかに肉感を減じた感じの(…原型どのくらいとどまってるんだろうか?)まあ実に清楚で明るい良いお嬢さんと映るのである。以前出社時刻が遅い時は午前中のシフトでよく見かけたので、なるべくこの嬢のレジに並ぶようにしてPBの安いミネラルウォーターなんか買ったものだ。仕事で凹んでてもこの人の笑顔が見られるなら頑張ってみようか、と言うものだった。もちろん機会が許すなら一緒にいろんなことをしたいに決まってるが、そんな機会が無くてもなんだか、笑顔でお釣りとレシートを渡されて「またお越しくださいませ」なんて言われたら、

 「もちろんまた来るさ。そしてその三時間後、お前は俺の腕の中さ」

 と言ってあげるのだ。心で。彼女が火田七瀬のようなテレパスだったら生きていられないだろう。それとも、卑しい心根を見透かされて羞恥に悶えるという新たな快楽を見出すのだろうか。レジ係なので被り物をしてるのだがーこれが三角巾でまとめてたりベレー帽みたいなのかぶってたりでいろいろなのがまた良いわけだがー私服に戻って髪を降ろしてる姿が見られたらキュン死にするに違いない。死後大量に残ったエッチなお宝その他を誰に相続するか遺言残しておかねばな。こういう記事の時は一人称が「俺」。私って書くと陰気なスケベ感が強すぎて耐えきれなかった。


_ 気づいたらまたしても庭樹が茂ってBSが受信できなくなってた。明日早朝に処理したいんだが、どうかしら…。実は通信課題こなすのと日記書いて少し長年日記読んでしまって寝るの遅くなったのだが…。しかも週末はちょっとしたお泊りイベントなんかある。たぶん男女入り乱れてお泊りと言うことになるんだと思う。長年こじらせていた童貞ともこれでおさらばだと想像するとちょっと淋しい。って別に隠岐島行くわけじゃないから。


2016-06-03 [長年日記]

_ 無事早起きしてBSアンテナ前のムクロジの枝刈りした。帰宅してBS見るとおお、クリア。しかし懸念がある。南に面する土地の家が取り壊され、跡地に何が建つかが大いに懸念だ。これに電波を遮られたらどうする?そこで思いついた。その建物の屋根か屋上にうちのアンテナ付けてもらうのだ。しかし、アンテナ線をうまいこと引き回せるであろうか?まあ様子がわかってから悩んでも遅くはあるまい。ムクロジのせいで「てるてる家族」2回ほど録画できなかった。やむなし。


_ [放送大学] 通信課題一応完了。

実は放送授業の方半分も受講してないんだけどテキストと辞書読んで一応回答作った。あまり確認する時間は無いのだがネットで回答できるので月曜日まで置いておく。期限は火曜の17:00。本番試験の対策はこれ以上に大変だ。ラテン語変化形多過ぎる。なけなしのお金で辞書買った。まあ死ぬまで使えると思う。死ぬまで使うかどうかは微妙。文法書も欲しくなったけど、きっと役立てる時間が無いだろうと思って止めた。切羽詰まると参考書買いまくる悪い癖をやっと自覚し始めたわけ。社会学も覚えることがたくさんあって大変そう。

本日のツッコミ3 [ツッコミを入れる]

_ きだ [ついにうまい子を引き回してしまわれるようになりましたか。犯罪になりませぬよう。 電波を遮る建物を建てる場合は、建て..]

_ けい [またやっちまったw でも「遮ららたら」の方はスルーした上でアンテナ線で”うまい子”(何がどううまいというのでしょう)..]

_ きだ [すみません、そっちは本気で気づいておりませなんだ。]


2016-06-04 [長年日記]

_ この子の名前はハナマルユキ。

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_ というわけで、お泊り学習1日目は終了。スベスベマンジュウガニ生まれて初めて見た。意外に地味でちいさい。けど食べると大人一人死ぬほど凶悪。明日に続く。雨降りませんように。。。
床に付いたが寝られず、高橋久仁子氏の「食べ物神話の落とし穴」というフードファディズムに関する本を読んでる。何年振りだろう、大勢の居る部屋で寝るのは。学生の頃か、親類の葬儀の時以来だ。現在三人ほどが高いびきをかいているのだが、眠れないのはそのせいではなく、いつもと違う環境と今日の興味深い体験、そして寝しなのコーヒーのせいだ。自分でも驚くほど不思議なのだが、いびきには全く腹が立たない。まあ時々の大音声にビクッとするが、こんなこともあろうかと思って用意しておいた耳栓が役に立っている。これで足りなければスマホでせせらぎの音を聞くが、その必要はなさそうだ。私を悩ませる音は、今や意味を持つ音、とりわけその内容の稚拙さにも関わらず声高に聴かせられる話し声だ。両者の決定的な違いは、いびきは私を傷つけない、ということだ。稚拙で声高な話し声ほど私を傷つけるものは無い。なぜならそれは、私が理想として及ばずながらも目指すことがらになどまるで意味が無い、と言っているのと同義だからなのだ。そんなことに傷つく人間がいると想像したことはあるだろうか?いびきは鳥のさえずりと同じだ。あのくだらない会話もそのように聞きなせたらどんなに良いだろう。クサンチッペの雑言を聞き流すことのできたソクラテスは、さすがに彼以上はいないと言われるだけある最高の知恵者であったのだ。


2016-06-05 [長年日記]

_ エビの複眼は真四角。

お泊り学習、2日目、そして最終日、終了。美味しい魚の見分け方、そして魚の解剖実習。その実態はもちろんだがアジの三枚おろしのおろし方講習。鯵切り包丁はとても便利が良さそうで、欲しくなった。でも多分そんなに使わないのだ。出刃だって一個も持ってないけど不便を感じたことはあまりない。そのあと、皆で試食となるわけだが、煮魚の味付けをしていた先生がひとことつぶやく。この先のことはいずれ機会があれば書くことにするが、いろいろ楽しかった。受講の仕方も一人として同じ人がいなかったのが、我が校の懐の広さを感じさせる。こういう楽しいアウトドア系の面接授業を専門に受講するために全国周っている優雅な方もいる。ただ旅行するよりも安上がりだし、最先端の知識を教授されながら旅するという言い分には共感する。我が校ならではの楽しい学習であると思う。というわけで帰宅中。


_ 帰宅。「フードファディズム」の本読み始めて、いろいろ思うところある。とりあえず明日の朝は魚と玄米ということにした。土日録画されたものの中で気になる録画を見てる。やはり「トットてれび」が面白い。ミムラ姉さんの向田邦子さんが最高に良い。「阿修羅のごとく」とか「寺内貫太郎一家」とか、ちゃんと見てみたい。ミニスカートの満島ひかりの足がきれい。黒いにちゃにちゃしたお菓子って何なの?ネットではリコリスという説が有力。「真田丸」の草刈正雄も良い。


2016-06-06 [長年日記]

_ ヨガの事でも書こうかと思ったがなんだか腑に落ちないことが立て続けに起こるので憂さ晴らしに書いておこうと思う。
 なにかことが起こった場合、再発防止のためにフールプルーフのシステムを工夫する、というのがどうも当世流のように思われる。だが、それがなぜ再発させてはいけないことなのかを考えることについてはどうだろうか。事故を起こした時にすぐ「じゃあ『なぜなぜ分析』をやって根本原因を見つけましょう」とかやるのもいいが、逆に、一歩間違ってたらさらにどんなに悪いことが起こっていたかに思いめぐらすことはなぜかそれにくらべるとずいぶんと軽んじられているように感じる。やらかしてしまうフールは、場合によっては痛い目でも見ない限り気づきの能力を獲得することができないほどにフールであるかもしれない。当然のことだが、フールプルーフでフールを減らすことはできない。だが、それなら私達はベビーサークルに囲われていなければ愚かな行為をし続けてしまうような存在なのだろうか?そんなシステムが無くとも、道義的な思想や十分なリスク予測などによって自発的に再発が防がれることの方がどんなに恒久的対策か知れない。もちろん確実な対策ではない。個人の気づきのレベルにも依存することだし、道義的な問題に対して明確な回答を与えるような便利な論理体系はおそらく現在においても存在していない(いや、むしろ現代であるからこそ失われているのかもしれない。禁忌の存在とそれを犯した場合のペナルティというものがかつてはそういうシステムとして存在していたのだ)。そんな感じだから、どれだけ考えに考え抜いて真摯な反省をおこなったところでもう一度同じことが起こってしまうかもしれない。だが、そうと言ってその困難から逃げてしまっても良いようには思えないのだ。だから、愚かな行為とはどんなものであり、そのためにどのような悲劇が起こるのかを学習することには意味がある。古典文学や聖典・名画・名作といったものに接する意義はそういうところにあるのだろう。まずい、寝る時間遅くなった。


2016-06-07 [長年日記]

_ 人の話をちゃんと聞かずに自分の都合の良いように聞き成そうとする人もいれば、逆にわざわざ悪くとって自分の感情を昂ぶらせていく人もいる。こういう人は、自覚があるかどうかは知れないが初めからけんか腰と言って良く、感情が縺れて失敗に終わるコミュニケーションを自己言及的に成就しようとしているとしか思われない。そして自分の吐く刺激的な言葉によっておのずからますます興奮していき、ついには自制できないところまで辿り着いてしまい感情失禁に陥ることさえある。そんなやり取りに付き合う理由があろうか?もしも言葉を使うことがいつもそんな失敗を引き起こすことになるのであるなら、それが言葉の持つ力なのだとしたら、「僕は耳と目を閉じ口をつぐんだ人間になろう」と、そう考えてしまうことに罪があろうか。いかに些事を無視してより崇高な人ばかりを手本として生きることが難しいことであるか。崇高な人間であればあるほど自己主張をしないから、そんな人がどこにいるのかわからないんだ。自己主張の声として聞こえてくるのは小人の無遠慮で無思慮な言葉ばかりだ。彼らの用いる言語が私に理解できなければ良いのに。おかげで幻嗅がとりわけ酷い。


_ [放送大学] 答え合わせ。

昨日Webで提出した放送大学の通信課題だが、Webで回答すると即時正誤を確かめることができる。社会学入門は10問全部正解できた。ラテン語は30問中2つ間違えた。一つはater(暗い)の男性奪格単数は何か、もう一つは"A pueri amico puella amatur."の訳は何か。後者は誰が誰に、を格と単語の位置から判断するのがラテン語の難しいところだと感じた。まあ放送授業3コマしか聞かずに買ったばかりで引き方もろくにわからない羅和辞典を使って解いたことを考慮すれば満足すべき出来だと思うことにした。本番は全部暗記が必要なんだろうか?これは無理っぽい。せめて辞書持込みが可能でないと…


2016-06-08 [長年日記]

_ こないだのお泊り学習で受けられなかった英会話の補習に出かける。久しぶりにイギリスの先生。"Good question."という受け答えは直球の質問をかわす良い答え方だ、と言う。そう言われるまでは、単に、こちらの主張に対して興味を持ってくれてうれしいという感謝の意味の言葉だと思ってたのに。なんだか、なりたくないのに大人になっちゃった気分だよ。嫌だ、もうこんなチン毛なんかツルツルに剃ってやる。本気でやったりして。


2016-06-09 [長年日記]

_ [テレビ] 「不機嫌な果実」第6話

最終章、と銘打っていたので最終回かと思ったら違った。いろいろと仕方の無いプロットだが、実はこれは人の好意がいかにおろかにならざるを得ないのかを描いているのかもしれない、と思い始めた。愚かな行為が止められない。アニマルスピリッツの陰の面。それを思い知らせるための仕掛けなのだとしたら、このようなドラマにも古典と同様の機能があるのかもしれない、なんて思ったりして。

_ [漫画] 最近読んだ、あるいは読んでいる漫画。

「鎌倉ものがたり 32」西岸良平、双葉社、2015.

ちょうど一年くらい前に出版されている。ずっと読んでたのだがここ数年読んでなかった。ページを繰ればあの頃と全く変わらない登場人物たちが私をあの頃と同じように迎えてくれた。なんだか、じん、と来ちゃいました。特に、ぬいぐるみに潜んで子供たちと交流するミニデビルの話。

 「ガンダルヴァ 上・下」正木秀尚、河出書房新社、2004.
 初出は2000年のコミック・モーニング。印象深かった。かなり時を隔ててから、私自身がアロマテラピーに興味を持った時にも脳裏にはこの作品があったと思う。香りは記憶を呼び起こす装置であり、内分泌に働きかけて肉体と精神に影響を及ぼす。このことはもっと理解されていいだろうし、肉体から発せられる香りにも耳を、というか鼻を傾ける必要はあるのかもしれない。

 「ゴールデン・カムイ」野田サトル、集英社、2015-。

今第2巻まで読み進んだところ。日露戦争後の北海道が舞台。日露戦の生き残りである”不死身の”杉元とアイヌの少女アシリパ(”リ”の字は小さく書かれている)アシリパとは「新年」あるいは「未来」という意味とある。明治期の小樽の様子やアイヌの人々の自然とのかかわり方や知恵、そしてグルメ(笑)などを絡めて黄金をめぐる血なまぐさいドラマが良いテンポで進んでいく。アイヌの文化や歴史のことは興味深いのだが何となく避けていたことでもあったが、数年前「ヒグマ」という本を読んで興味が増していた。一気に7巻まで読む予定。気になる部分が出てきたら、次回帰省した際に北大の図書館ででも調べようと思う。


2016-06-10 [長年日記]

_ なんか疲れて駅から停留所一つの間隔をバスで帰宅。お年寄りが乗ってきて、中坊と思しき若者が無言で席を立つ光景に、何だかもっこりしました。「ほっこり」っていう言葉が大嫌い。いいこと言おうとして何にも思いつかないのを共感しようもない曖昧な形容でごまかされてるような気がして実に気分がほっこりと乱れる。そうなると1日中がほっこりと嫌な日だったような気がしてしまって寝るまでほっこりし続けてしまう。


_ [アニメ] 「ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない」

9話まで見たところ。山岸由花子の声は能登麻美子。ちょっと声の透明感が衰えてないか。単にキャラがどす黒い性格だからか。
 ついでに10話も見た。トニオのお店。こういう店あると良いよね。


_ [テレビ] 「不機嫌な果実」最終回。

始まってしまったので見ながら日記書く。ミチヒコさんのお母さんは何と名取裕子(まあバレバレだけど)。その事実がわかってしまった時の栗山千明の表情がなんか悪戯が見つかった子供が”やっちゃった!”って言ってるような表情。見つめあう栗山千明と市原隼人。失笑を禁じ得ない。卒業証書wを渡す旦那の稲垣吾郎の意図がわからん。背中にキスされてうっとりしてセックスの最中にいびきかいて寝る栗山千明にショックを受けてセックスできなくなる稲垣。まあ悲しくて辛くなるかどうかはともかく、勃起できなくなるのはわかる気がする。勃起できなくなるからセックスの最中にいびきかいて寝るのはやめてくれ、とは確かに俺だって言えない。でも泣くことは無いだろ、稲垣w「まさかこんな終わりを迎えるなんて」という栗山千明の独白。こっちが言いたいわw 原作もこんな感じなのか。なんか読みたくなった。高梨臨、シンケンジャーに出てたのついこないだみたいに思ってたんだけど。バスタブでいちゃつく市原と栗山。陳腐なイメージ映像。そして職場に不倫がバレる栗山。さらに以前の恋人・成宮寛貴、(再)登場。何しに出てきたかと思ったら高梨と栗山を焚きつけるために出てきたらしい。そのあとワインでびしょびしょになって笑いあうこいつらは何なんだ。市原のお父さんが堀内正美。この人は大昔、NHK少年ドラマシリーズ「タイムトラベラー」で未来人ケン・ソゴルやってた人だとばかり思ってたのだが、この人と同じ誤解をしてたようだ。あるんだなー、こういうことが。「七瀬ふたたび」で多岐川裕美と共演してたのかー。完全に記憶が入れ替わってたよ。六角さんはまたしても橋本マナミのブラをクンカクンカしてるし。まあこんな美人が女房なら俺も同じこと+αするだろうな、とは思う。マナミの代わりに刺された六角さんはそれを恩に着せて「関白宣言」みたいなことを約束させて、どさくさに紛れて下着に注文を付けるしw CM。トリンプの篠原涼子,良い。市川紗椰のウィングのCMはもっと好き。 CMおわり。稲垣に「女なめんじゃないわよ」と啖呵を切る高梨臨見てジュウレンジャーの「この星をなめんなよ」を思い出した。市原もマザコンだったことが判明してうんざりしたところにまた成宮登場。なんかいろいろとテキトーにオチがついて終劇…のちょっと前の三者三様のセックス三昧www。サービスのつもりだろうか。
【最期に感想】こんなに何度も「コーチャン、コーチャン」とテレビで繰り返してるのはロッキード事件の時以来だと思った。林真理子原作のドラマを見てて物悲しくなるのは、折々出てくる生々しい描写が(この原作者の実体験だろうか)と想像したくなくとも想像せざるを得なくて想像してしまう時。これは想像するこちらに必ずしも非のあることではないと思う。やめときゃよかった(番組の視聴もその想像も)と反省する瞬間である。


_ [テレビ] 「タモリ倶楽部」

始まってしまったので見ながら日記書く。最近、オープニングのあとCMなしでいきなり始まるようになった。みうらじゅんさんのマイブームを振り返る。良いぞww みうらさんは次に即身仏と天狗が来るとか言ってますw お、オリエント工業製のリアルラブドールが映った。そういうわけでスタート。人呼んでナイブームw ①カニパンブーム=カニのパンフレットコレクション。これはもう業としか言えない。私は最近飛行機に乗る度に機内誌持ち帰るのだが、パンフレットまで集め始めたらもう収集つかない。②地獄表ブーム。一日に一本とかそういう時刻表。そういう時刻表は見たときかなりがっかりしながらもまあ仕方ないよなーって思うものだけど、それを集めるとなにかが見えてくる…ような気がするけどやはり良く見えてこないところが良い。③バッグオブエイジーズブーム。紙袋に意味不明な英字が書かれている。この着眼点ww ブランド名じゃなしに、Look upon. 窓を開けて湖の美しいシーンを写真に撮ろう、とか書いてある。なんでそんなこと書いてあるんだ、単なる紙袋に、という世界。確かにTシャツのプリントより意味不明だな。うちにもあるかな?メーカーに依れば、辞書を引いてインパクトのある言葉を選んでるとのこと。 ところで最近のみうらさんのマイブームは「シンスブーム」。SinceXXXXって書いてるその部分を街で見つけるたびに写真に撮る。「Since2016」みたいなのは「最新ス」と呼ぶ。 空耳アワー始まった。 安齋さんシールブーム、みうらさんに馬鹿にされてたのにまだやってたとはw 空っぽで空っぽでアホとバカ乱入。 ホール&オーツ「マンイーター」→「俺困らない」ええ!まだ出てなかったのかこれ!しまった、投稿しとけばよかった。投稿者の年もほぼ俺と一緒だったw 空耳終了。 SINCETシャツとヒヤSINCE。来週に続く。つうか来週はもっとすごそうだ。寝るわ。今日はテレビ見すぎだ。尻尾が生えてくる。

本日のツッコミ2 [ツッコミを入れる]

_ うにゃ [けいさんと同じタイミングで同じものみてたみたいw 私も背中で手をあわせたいよ~トニさん]

_ けい [私はトニオの料理なんか食べなくてもできますよ。この体の柔らかさをあなたのためにも役立たせたいと思います。今晩どう?←..]


2016-06-11 [長年日記]

_ [語学][放送大学] 英会話の話題。

テリー先生はITにも詳しいが生物学にも詳しい。彼のダディの影響であるらしい。先日のスクーリングの時の話で盛り上がった。今一つうまく説明できなかったが、海に棲む生物は、プランクトン・ベントス・ネクトンに分けられる。これは生物種としての分類ではなく、彼らの生活スタイルによる分類である。すなわち、プランクトンは自律的に遊泳することなく漂う生活をするものたちであり、幼生の時はもちろん成体となってもプランクトンに属す。ベントスは海浜や海底・岩などに接して生活するものたちで、カニ・貝・ウニ・ナマコなどはここに属す。ネクトンは自ら泳ぐことのできるものたちで、魚類やイカなどはここに属すことになるが、イルカやクジラもここに属すのである。だから、もしマーマンや人魚が存在しているならば彼らはネクトンに属すのである。スクーリングの時には光学顕微鏡や実体顕微鏡を使って観察した。観察って英語でなんて言うか忘れた。今調べたら、observationだ。出てこないもんだなあ、こういう言葉。英会話止めてしまったらこういう言葉はますます出てこなくなってしまいそうだ。
 追記。ウィキペディア他ネットで調べると、もう一つニューストン(ノイストン)というのがあり、これは水面を漂うものたち。これらは動物に限らないので、ノイストンにはアメンボウの他にウキクサも含まれる。この分類を生活型と呼ばれる。


_ [テレビ] 「トットてれび」#6.

満島ひかりが寅さんの映画見て笑う。歩き方もだけど、すっかり徹子さんになりきっててゾクっとした。畳み込むような話しぶりも。私は故・談志師匠が若いころ「あんな作品撮り続けてて失礼ですよ」と言ってたように(記憶だけなのでニュアンスなどだいぶ違うだろうが、どこをとっても変わり映えしないようにみえるシリーズが談志さんには許せるものではなかったのだろうな、と推測する)、「男はつらいよ」なんて映画は馬鹿にしていたのだが、この年になったからには見てみても良いかなと思う。ストーリーがどうのこうのじゃなくて、そこには作られた当時の記憶がごまんと詰まっているはずだからだ。ドラマ、先回も(向田邦子との)辛い別れを描いていたが、今回もまた。「星の王子様」も私は馬鹿にしていた作品だが、もうこんな年になったからには何も恥ずかしがることなど無いな、と思う。BLだの「不機嫌な果実」だのと同様に、余すところなく楽しんでしまえばいいのだ。と言うわけで終劇。終劇のところの一芝居がまたいつもながらなかなかに効いている。遺憾、感情失禁が抑えられぬ(抑えられないから失禁と言うのだけどね)。


_ NHKスペシャル始まった。「不寛容社会」。いきなり厚切りジェイソンの"Why! Japanese people, why!"で始まった。面白そう。私の日記だって不寛容な人々の批判の対象になっているに違いないんだが、今のところ炎上したことはない。もちろんただの幸運に違いないと思う。それにしても、フレンドリーなナマハゲ(正確にはアマメハギ)って何だよ。宇野常寛出ててさらに面白くなりそうな予感。ディーブ・スペクターのつまらんギャグは寛容できない。
 引き続き見ている。アイスバケツチャレンジに関するリツイートの分析をすると、賛否両論あるが賛成派は賛成派、反対派は反対派で閉じている構造が見えているということで、さらに、このチャレンジの恩恵を受けている人の感謝のツイートに対して反対派がその意見をリツーイートしたものが無かったということ。「政府の失敗」とか「市場の失敗」と同じようなニュアンスで「インターネットの失敗」ということが言えると思う。webと言う仕組みが世界全体を包んではいるのだが、異なる意見に対するまさに寛容の精神が広がったどころではなく、好ましい同質なグループの中でばかりつながっている。前にもそんなこと書いた気がする。これはおそらくネット空間における領域を占有するにおける自由エネルギーのようなもので説明されるのだろう。情報は共感されるために紐解かれ、考えないために情報に接しようとするのだ、という宇野さんの発言は当を得ている。中野さんは脳科学という看板によって司会者に便利に利用されている。デイブのダジャレは全く寛容できぬ。それにしても、私にとってもこの日記で自由に何かを書くことに対して、人々が寛容でなくなる日がいずれ来るのだろう。願わくば、その予言を自己実現的に加速してしまわないように振る舞い続けたいものだ。


2016-06-12 [長年日記]

_ 午前中、買い物行き今週の食事の下ごしらえその他やって、午後は桜木町・紅葉坂の神奈川県立図書館へ。以前から見ておきたいと思っていた昭和の頃の「婦人公論」のバックナンバーを見に行った。母の人が定期購読してた頃私は中学から高校の頃。こっそりとドキドキしながら盗み読んだことは忘れられない。表紙の特徴的な絵に始まって、ファッション、名画の紹介、世界の観光地のグラビアなどに続いて毎月の特集、そしてこれがその当時の呼び物だったであろう、赤裸々な読者投稿。その他著名人の寄稿や対談に続いて占い、そして連載小説が巻末に4作ほど並んでいる。半村良も書いてた。格調高い文学や芸術からセックスの話題、そして料理のレシピや折り紙のおり方、裁縫の型紙の縮小した図など、当時の婦人が必要としたナレッジがほぼ全てそこにあったように見えた。
 それで、今回の私のモーティベーションは、当然のごとく読者手記に見られる当時の女性のセックス観にあった。だが、とりあえず1977年の1年間をざっと見てきただけで、結構疲弊してしまった。さまざまな立場の女性の人生がそこに膨大なコラージュとしておかれているのに圧倒されたようだ。今日は蒸し暑かったこともあってだいぶやられてしまった感がある。今日はこのくらいで勘弁しておいてやるか。と捨て台詞を残してすごすごと帰宅。ところで、1952年11月号というのが図書館の所蔵(のうちで閲覧可能な、と言うべきなのかもしれない)中で最も古いものだが、そこには川端康成の連載が載っていた。それから原節子さんと脚本家田中澄江(成瀬巳喜男の『めし』などの脚本をやってた)さんの対談なんかがあった。


2016-06-13 [長年日記]

_ 会社帰り。バスに一群の男子高校生と乗り合わせる。なぜか、彼らの間ではアニメの北斗の拳がブームのようで、ユア、ショック!と奇声を発してご満悦である。普段は不寛容な私は、なぜか笑った。何か親近感の如きを覚えたのだろう。私もこんな風な、愚か極まる男子高校生だった。それはもう筆舌に尽くしがたい愚かさだった。


_ 昨日訪ねた神奈川県立図書館の新館には、女性関連資料と名付けられたコーナーが、結構なスペースを割いて設けられていた。婦人公論を閲覧に行ったよしみで、そこも覗いてみた。新館1Fの奥まったところには、山川菊栄文庫と言うのがある。展示されている肖像写真を見ると、何とも端正な顔立ちにメガネが良く似合っている。鋭角的な顎が実は私の好みに最高にマッチしていたのでつい見とれてしまっていた。鎌倉や藤沢に棲んだ縁で蔵書が寄贈されたらしい。戦前から戦後を通じての女性運動の指導者ということなので、相応のリーダーシップを発揮していたのだろう。舌鋒鋭く理論明晰と言う文章も一度は味わってみたいものだと思う(下劣な本音を告白するならば、そういう鋭い舌鋒のやり玉に挙がってみたいようなMっ気も少々あるのだと言わねばならない。別にしなくたっていい告白なんだろうけど。男性は大人になればなるほど女の人に叱られたいという気持ちになる傾向があるようだ。だんだん叱ってくれる人がいなくなるためもあるだろう)。こういう人に付随するエピソードはNHKの朝ドラの題材にふさわしいものになるのだろうな、と想像しているがそれはまだ良くわからない。
 BF1のエリアには、およそ女流の著者であれば何でも集めた、というような書籍が収蔵されている。なんとなくこれを見ていて腑に落ちない気持ちになった。明示こそしていないのだが、この「女性関連資料」というのはもとかながわ女性センターの所蔵になっていた資料とのことなのだが、とにかく女性と名のつくものであれば何でも所蔵の対象になっているように見える。では、この日本のどこかに、あるいはどこかの国に、「男性関連資料」を収蔵しているところは果たしてあるのだろうか?特に「女性」という”くくり”で何かをひとところに集めて、それで一つの集合を為していると考えられるのであれば、そのこと自体がはからずも”女性”という言葉で語られてきたことどもがどのように過去から今に至るまでに受け止められてきたかを雄弁に物語っているように思われた。所蔵されている図書の内容に目を通す以上に、ここでとり扱われる問題について、所蔵された図書のインデクスがあたかも一冊の物語であるように何かを語りかけてくるような気がしたのである。それはちょうど、考え抜かれた各章の題だけを並べた目次を眺めるとき、それらが単にその書籍の内容のダイジェストとは独立したストーリーを語りかけているように思われることがあるのと同様だ。特にそのことを批判する気はない。修行だと思ってとことん集めてみたら何かに思い至る可能性だってある。みうらじゅんさんならそういうことを言いそうに思ったりもした。ただ、そういうことであるならここの所蔵はまだまだ足りないはずなのだ。新井素子も「チグリスとユーフラテス」しかなかったし山尾悠子に至っては一冊もなかった…まてよ、実は書庫があったりして。一瞥しただけで語ってはいけないな。


_ とある人に「テラフォーマーズ」を勧められて、まあ今のところは読もうと思ってないのだが、家の中で時折見かける黒くて素早い生物がある日「じょうじ…」と語りかけて来やしないかと気になっている。それとは別に、以前から屋根裏や部屋の隅で何か小さな動くものが時折音を立てているようだ。天井裏を結構大きな音で駆けているようにも聞こえる。この小さな生き物はもしかするとネズミなのだろうか?そう思って粘着式のネズミ取りを3個ほど仕掛けてあるのだが今のところ何かが引っかかっているようには見えない。何かが発見されたらここで報告する。というか引っかかったらどう処分しようかと思って悩んでいる。やはり伝統的に水で溺れさせたのちに処分ゴミとして処理するのだろうか…。どうも幻聴ではなさそう。猫と戦わせることは…とりあえず考えたくない。


2016-06-14 [長年日記]

_ 「とりかへばや物語」、続き。

通勤の時には当日のと過去の新聞─要するに古新聞だが─を何部か携えていくのでカバンはすこぶる重い。帰省する時も空き時間に読もうと思って古新聞持って札幌に行くんである。が、今日は朝刊1部と夕刊4部くらいしか持っておらず、全て目を通してしまったので、ビギナーズ・クラシックの「とりかへばや物語」を読む時間が少しできた。物語はだいぶ進んできて、wikipediaにも「「変態的」という評価の一因」と書かれているクライマックスにたどり着いた。男装のヒロインがひょんなことから宰相の中将(もちろん男性)と通じてしまう。実にこれが古代日本の作品とは思えないほどに腐っている(←賛辞です、念のため)。読んでて良かった。この際氷室冴子の「ざ・ちぇんじ」も読んどこうかな。帰宅したらだいぶ悪い状態の「ハイト・リポート」の上巻が届いていた。まあ廉価な古書で買ったので当然なのだが、どうしようかな。せっかくだからもう少し状態のいいのを入手すべきだろうか…。


2016-06-15 [長年日記]

_ [料理]鶏ハム。

クックパッドで鶏ハムを作るレシピを見つけたので日曜に買った鳥胸肉を塩漬けにすること1日、月火と暇見て塩抜きして今日やっと茹でた。ラップをケチったのでちょっと湯につかってしまったけど、まあハムだと言い切ればハムみたいなのができた。明日トルティーヤで包んで昼飯にする予定。


2016-06-16 [長年日記]

_ マスゾエさんも遂に辞意を表明。この人のこの本は実際にはあまり役立てられなかったけど、そういう世話の仕方もあるんだな、と感心して読んだ。でもその実態はどうだったのか、と今では首を傾げざるを得ない。にしても、都知事と言うのは代々問題児ばかりが任に当たるのが伝統なのだろうか。民進党は蓮舫を担ぎ出すとか言ってる。日本には人材がいないんだな、と感じる。とか言いながら蓮舫の若い頃の写真集持ってたりするんだが。


2016-06-17 [長年日記]

_ ヨガ行ってきた。かなり汗かいた。今週は湿度高く暑かったのでだいぶストレスがたまって間食も増えてしまった。週末は久しぶりにちゃんとトレーニングすっかな、と、アイスとか食いながら考えるだけ考えているところ。


2016-06-18 [長年日記]

_ 今日は真夏並みに暑くなりそう。やばいな。朝から頭も顔も火照ってるし。蓮舫、出馬しないと表明。それでいいと思うよ。でも他に人材いるのかね?すでにマック赤坂が(いつものように)名乗りを上げている。スマイルが大事なことだけは賛同するが、それ以外にどんな人なのだか良くわからない。アメリカ大統領選挙みたいに史上もっとも不人気な候補者の中から、いやいやでも選ぶとしたら誰?みたいな選挙になるのかな。いや正直そんな批判めいたこと言えるほど実は政治に関心は無いんだった。ただ、候補者を選ぼうと思うなら彼らに関する情報をネットで調べることはある程度までは可能な時代となっている。選ぶための十分な情報が与えられてこその「選択の自由」なのだ。ただ、私自身は都知事選の選挙権を持っているわけじゃないので、しかしそうではあっても都の行政は私の生活になにがしかの影響を与えるものなので、都民の皆さんにはぜひとも賢明な選択を、とお願いしたい。木村多江主演の蓮丈那智のドラマが見たい。


_ [テレビ] タモリ倶楽部

みうらさんの「ナイブーム」続き。AMAブームは海女さんそのものよりも海女さんの人形のコレクション(フィギュ和)がかなりいい感じ。尿瓶コレクションはちょっとなあ。でも日本製のメモリ入りのガラス製のやつはなかなかクールジャパンだ。あとテープカットブーム。テープカットに呼ばれるための根回しして、イベント当日にはマイ・テープカッター持っていくという周到さ。その嫌らしも好き。空耳。「ジョニー・ビー・グッド」、午後、紅茶に行こう!じゃ値引き。強引。こういうの多くなった。「こう聞こえる」というより「こう聞け!」。嫌いじゃないけど。


_ なんとなく「とと姉ちゃん」の再放送見つつ、さらになんとなく、高校時代から大学に入ったころにかけて読んでたサピア&マーフィーの「デストロイヤー・シリーズ」を読みたいなと思って調べてみると、創元推理文庫で出てたものは絶版の様で状態の良い物を入手するのは難しげ。さらに、邦訳があまり進んでいなくて原作は145巻も出ているようだ。まあペリー・ローダンシリーズを全巻読むよりは読破できる可能性は高い。常子、同僚の裏切りのために失職してしまった。なんか当世においてもありがちな話しで、見てるの辛い。すまじきものは宮仕え。調子の良い時は「この生活で良かったんだ」なんて実感することもあるだろうが、家族だって会社だってこの国だって世界情勢だって、堅牢に見えるのは表層だけで、皮一枚の向こうにはいつだってこんな陥穽があることを忘れるべきではない。「そんなことはない」という幻想の中に生きていたいのなら、常子の同僚のように、自分が落ちそうな落とし穴には近しい物をどんどん陥れてその上を踏みつけて進んで行ったらいいだろう。あなたにはきっとそれだけの値打ちがある。私は決して承服しないけれど。それがアニマル・スピリッツというものだ。ただし決して後悔しないことだ。私にはできないだろう。ヒトが奪い合うパイはいつの間にこんなに小さくなってしまったのだろうか。過去に繁栄と見えたものがこのような方向に向かっていくのだとするならば、生きること、ひいては子孫を残すことにも意味だの大義などはない。たまたまそうなってしまった以上は、そのあり方を問うて生きるより他に無い、というだけだ。


_ 融けそうになりながら英会話行って買い物して帰宅。ボーっとしてて特に何もせずだらだらしてた。またしてもBSにブロックノイズが入るようになってしまった。アンテナ周りの枝刈りやったが改善せず、受信機側に入るF型接栓を見ると、4Cであるべきところを5Cでやってたようなのだが、とりあえずここをいじっても改善しない。最近雨だったので天候のせいかとも思ってたのだが、今日は雲が無い。アンテナ設置部のあたりを確認せねばならないが今日はもう暗くなったので、とりあえず明日明るくなってから調べることにした。笑う洋楽展とか良く見れないのはやむをえまい。もう少し高いところに設置したいのだが良い取り付け金具はあるんだろうか。こういうので悩むの、ちょっと疲れる。


_ ワトソン君が大学のティーチングアシスタントに紛れ込んだ話。こういうリンクはすぐ切れちゃうかもしれないけど。この話を気の利いたジョークと取るべきなのか、背筋の凍るスリラーと取るべきなのか。なんとなく思うことだが、”彼ら”が繁栄するためにはコンピュータが今よりももっと動いていなくてはならず、それによって夏がさらに暑くなる懸念。熱いの嫌いだからそんな事しか思いつかないよ。もうそろそろ寝るか。


_ と思ったが、今度はIoTの話題に苦笑しているところ。ネットにつながったタンポンが膣の中からWi-Fi経由で「そろそろ交換した方が良いですぜ」とスマホにアラートを送ってくる。これは4/1の記事なのか。背筋の凍るスリラーなのか。いずれは胃袋がそろそろ食事にふさわしい時間だと告げ、足の筋肉はもう疲れたから運動は止めてと告げ、内臓脂肪はちょっと増えすぎたから食事は控えて運動しろと告げ、脳は自律神経が乱れてきたからもう寝ろと告げてくることだろう。ありとあらゆる強迫観念が一気に顕在化したような感じだ。あるいはすべての物が語りかけてくる。まるで八百万の神がおしゃべりしていた神代の日本か、できの悪い絵本の世界のようであるかもしれない。いずれにせよ正気で受け入れることなどできそうにない。


_ 最後に今日いちばん笑ったネタ。駅の電光表示で「喜多方ラーメン」。原因がわからないというコメントも秀逸だけど、目撃者になりたかった。ただ、何らかのクラッキング行為のせいだとしたらちょっと穏やかではない。もしかして、他のあちこちの駅で同様の事件が起こりだすのではないのだろうか…?


2016-06-19 [長年日記]

_ [特撮] 仮面ライダーゴースト

ジュウレンジャーはお休み。なんか表情の暗い娘が出てきたなと思ったら、やっぱり”まこっちゃん”だった。この娘のこういう表情、朝から見たくないんだよね。正直な気持ち。この番組のいいところは大沢ひかると御成くらいしかなくて、彼らが頑張ってくれないとこの番組見続けられない。まあ結局見続けると思うけど。


_ 深夜の「笑う洋楽展」、サブタイトル「小刻みな動き」受信状態悪くて6分しか録画されてなかった。小刻みなノイズ。買い物行って帰ってきてからアンテナチェックする。TV確認しながらと言うのはかなり面倒くさい。


_ BS受信の件、やはりムクロジの葉が邪魔してた。直接アンテナの影になっていないと思っていたのだが、ちょっとアンテナから離れた位置でやはり影を作っていたようだ。ついでにアンテナの向きなど調整しようとして愕然とした。固定ネジが完全に錆びついてて緩めることも締めることもできない。また、固定しているベランダの手すりの棒自体がグラグラしてる。なので、やはり抜本的には位置をさらに高いところに移動してかつメンテナンス可能なように新品を入手する必要があるだろう。固定の仕方は何とも頭が痛い。が、このためにBS契約をやめてしまうという選択は私には無いし、現在だって井川遥のスープひとくちの幸せが録画できなくてちょっと悲しい思いをしてるのだ。ナンプラーの作り方とかやってる。放送大学も基本BS放送だし、さらには「美しい日本に出会う旅」だの「ももクロChan」だの「でんぱの神々」だの…とにかく必要なんだよ、俺にはよ!


_ うーん、アンテナは金具とセットで買うと結構高いなあ…


_ [テレビ] 真田丸

ついに北条滅亡。昌幸・家康・景勝がそろって氏政に対して秀吉に下るように説得に訪れる。なかなか良いシーンだった。直江兼続が、殿がまた勝手に何かを約束していなければいいがと不安がっているところに3人の殿が戻り、三様に立ち去る。兼続に「何も約束しておらぬ」と言う景勝だが、実際には、助命を請うために氏政と共に髻(もとどり)を切る、と約束してた。まあ果たさずに済んだわけだったが。末期に汁掛け飯をうまそうに食った後の氏政の微妙な表情が大変良かった。wikipediaで見てて改めて思い出したが、氏政には汁掛け飯の故事がある。飯に一旦汁を掛けたが足りないと見て継ぎ足した。それを父の氏康が見て、飯にかける汁でさえ計れないと嘆息したという故事。それで録画を見直してみると、確かに二度に分けて汁を掛けていて、芸が細かい。仮想的なことに過ぎないが、この時点で氏政の脳裏には父にたしなめられた記憶がよみがえっていたことであろう。とすれば、、この行為は亡き父への反発のあらわれか。あるいはそれでも汁は2度に分けて掛けるが良いとしたのか、まあ機会があったなら、さかのぼって録画を検証してみるのも良いだろう(氏政が汁掛け飯を喰らうシーンは過去にも何度かあったと記憶している)。

本日のツッコミ2 [ツッコミを入れる]

_ きだ [フレッツテレビ…(しつこいw) 汁かけ飯の逸話は、Wikipediaによると後世の創作らしいですが、どうなんでしょ..]

_ けい [NHKの真田丸のページで見ました。高嶋さんの脳裏には自らの父のこともあったのでしょうね。歴史にもしもは無い、とはどこ..]


2016-06-20 [長年日記]

_ 近頃月曜は出社が遅い。当然電車は混雑し、否応なしに見苦しい行いを目撃する機会も増える。今朝は、かいた汗を手のひらで拭っては電車の窓や壁になすりつけている男性を見かけた。彼は、自分の家においても同じことをするだろうか。
私の答えはイエス。彼の、腹部の黄ばんだワイシャツを見ればそのことは明らかだ。自覚が無いから不適切と思うこともできない。だが、いい大人と見える彼に対して、そんなことをすべきではない、と教え諭すべきだったのか。人が多すぎることが自分を憂鬱にさせる。


_ 放送大学の試験も近いが、一向に試験対策が進まない。昨今は放送授業はネットで視聴できるので、ファミレスで軽く夕食とった後そのままそこでドリンクバーのドリンク飲みながらカナル型ヘッドホンつけてスマホで視聴。ところが、向かいのテーブルにうら若き女性三人が陣取ってほぼずっと、いささかけたたましく談笑しているんである。女三人寄れば姦(かしま)しい、という言葉があるが、これは女性蔑視ではなくて、女性というジェンダーに関連する特徴を述べている言葉だ。何よりもそのことを向かいのテーブルの女性たちが証明していた。書を読むだけならば、耳栓をしたりいつもの「せせらぎ」のSEでかき消せばいいのだが、講義の最中は先生の言葉以外にほぼ音声は無いため、先生の語りの隙間がすべて女性たちの談笑の音となってしまうのである。つまり、ネット視聴による学習にはファミレスは不適当だということが分かった。それでもヒトコマ視聴してその足で夜ヨガへ。今日は骨盤をまっすぐ前に向けて足を前後に開いて前屈。骨盤がねじれないようにして左右の高さもそろえることに集中してたらとても良く太ももの裏が伸びて気持ち良い。血行が良くなって足裏がジンジンするのがわかった。イライラもとりあえず解消された。明日は国際ヨガの日らしいけど特に何もする予定はない。ヨガの本でも読もうかな。


2016-06-21 [長年日記]

_ 今日もとてつもなく蒸し暑かった。デフォルトで頭がぼーっとしてたのに加えて周囲には何が楽しいのか、やたらでかい声ではしゃぎまわっている御仁がおいでになっていたり。
 俺の周辺はいつの間にかキンダーガーデンになってしまったのだ。俺はいつの間にかキンダーガーデンで日がな暮らしている。親分にお遊戯見せたり友達のほっぺたつねってぎゃあぎゃあ泣いてるだけでちゃんと生きて行けるなんてこんな良い社会はどこにもない。できる限りしがみついていて、無垢な誰かと知り合ったならそいつもまた自分のような社会人に仕立てあげてしまえばいい。日本の将来は捨てたものではない。明日も今日のように楽しく生きて行こう。。。


_ 早見あかりんがデブ専…完全に間違えた。デブ活やってるというのがブログに載ってたらしいのだが、ページ削除されてるっぽい。どうやら先だっての「ラーメン大好き小泉さん」主演の影響でリアルにデブってしまっていたらしい。確かに最近のと言われる画像見ると、ちょっと背の高いあーりんに見えた。常ならむ世じゃの。


2016-06-22 [長年日記]

_ 今朝は通勤路の坂を下った横断歩道で消防車が3台ほどサイレンを鳴らしながら走り去っていくのに出会った。我が家の方面なので不安感を抱く。着いた駅では早朝から人身事故の報らせ。この路線では昨日もおとといもトラブルが発生していた。世界がキンダーガーデンであるはずなど無い。心して生きるべきだ。


_ 近ごろは、どこで火事が起きたかを調べる術もある。今朝の消防車は我が家から数キロ先のところで起きたようだ。事の軽重はあろうが、市内だけでも数十件の火災が発生しているように見えた。誤報も含まれるのだろうか?とまれ、火災が全てニュースとなるわけではないのだった。


_ 会社帰りにコミュニティハウスに寄って放送大学をヒトこま受講。ネットのおかげで環境さえあればどこでも講義が受けられるなんて、こんなに良い学校他にあるか?いや無い。コミュニティハウスは良く見てみると資料の宝庫でもある。県史・市史・区市の類、東西和洋の著作の全集、そしてとりわけ今日目を惹いたのは、プランクトンや貝その他さまざまな動植物の図鑑が充実していたことだ。うん、使える。ここは使える。私のブルー・オーシャンだ。日中のキンダーガーデン(今日もまた私はそこに居た。キンダーガーデンで園児たちは相当楽しいことだろうが、それ以外の者にとっては良い迷惑、損害を試算してしかるべき手続きを通じて請求しても良いくらいで、とてもデモクラシーの世の中で起こっていることだとは思えない)に比べると、こんなところにユートピアが、エレホンが、シャングリ・ラがあったのだと感動する。会社になんか行かないでもここで日がな一日暮らしていけたらいいのになあ。そんな風に思う私に罪は絶対に無いはずだ。


2016-06-23 [長年日記]

_ 今日はそれなりに忙しかったので、キンダーガーデンにとらわれる必要も無く割合充実してたようだ。コミュニティハウスでも眠かったけど学習できた。今日は昨日よりも人が多かった。なぜだろう。社会学で、親族関係の変容と言う内容だったので、眠いのをこらえながら聴講してるうちに、(この互いに口をききもしないのにそれぞれにただ学習を遂行したいという共通目的-もちろん中にはほぼただ寝に来てるような御仁もいらっしゃる-でここに集まっている集団は、無関係でありながらそれでも何らかの関係性を持っていると言えるのではないだろうか)などという妄想にかられた。そして何だか帰りがけに「じゃあお先に」くらい言っても不思議はないのではと思ったが、それは止めにしておいたのである。イギリスは国民投票中。動向が決するのは明日朝くらいだろうか。私が思ったほどには、円ドルの為替は変動していないように見えているが、それなりに市場は賑わっているようだ。ポンドとユーロはあまり見てないので良くわからない。


2016-06-24 [長年日記]

_ まさかの離脱。

IMG_5466

_ ネーションの怒りというものだろうか。

画像の説明

_ 22時現在。綺麗にイングランド-ウェールズとスコットランド-北アイルランドで別れている。このこと自体は想定されていたのだが、「イングランドが盛り上がっているだけ」と言う見方では正直甘かったということだ。ニュースでは、この結果から大陸においても「国民投票、使えるな」といった模倣が好まれて右派が勢いづくと懸念している。ついでにこの結果がアメリカではトランプ派を元気づけてさえいるらしい。

そして私もこの勢力図を見て即座に想った通り、スコットランドではまたもやUKからの独立を問う住民投票が行われるということだ。UKが分裂し、そしてEUが崩壊する未来という可能性が濃厚になってきたらしい。今回の結果はそう遠くない未来に起こる”大騒ぎ”の端緒なのではないか。この時代に生まれた我が身を呪っているような悲惨な老人にならないで済むことを祈るばかりだ。


2016-06-25 [長年日記]

_ 英会話。当然のように昨日のUKの選択を批判的に議論する話題を、そしてなぜか「斑猫(ハンミョウ)」のことを語り合う。先回のクラスでクジャクグモの話をしていたら、私の教師であるテリー先生(仮名)が、甲虫にも(蜘蛛と同様な)プレデターがいる。Tiger Beetleなぞはその類だと言ったので、Tiger Beetleとは何かと調べたら、これが斑猫のことだったという訳だ。確かに、昆虫の中には多くのプレデターがいると気付いた。カマキリもそうだし、他の虫の幼虫を噛み砕いて肉団子を作るハチの類もいたと思う。Tiger Beetleは日本ではSpotted Cat(斑のある猫)と呼んでいる。またの名をナビゲーター(ミチオシエ)とも言い、人間が近づくと少しの距離を飛んで着地し、さらにまた人間が近づくと同じように少し飛んで着地するのが、まるでその人間に道を教えているような仕草だからだ。そんなことを語った。
 実は今月のこの回でこの教室とはしばしのお別れ、と言うことにしたのだった。何かを選ぶ時は何かを諦める必要がある。どちらも選べるという幸運な場合も時にはあるのだろうが、人生においてはほとんどは択一なのではないか。選択が深刻なものでありどちらを選ぶかで行く末が大きく変わってしまうときほど、どちらも選ぶわけにはいかないようだ。そのことはまるで数論における定理のように自明だがなぜそうなるのかを証明することが難しい。まあ今回の選択はUKの選択以上に愚かなことではないと思っているし、意志と健全な肉体さえあればいずれまたリカバーできるほどの軽微なものであり、これが英会話を諦めたことにはならないのは自分がそう納得しているから証明としては十分だ。だが、割合長期間相手してもらったテリー先生(仮名)には別れの言葉を言い出せなかったのであり、わが心も石ではなかったと思い知る。俺は泣かなかった。だがもう少しで泣きそうだった、という訳でもなかった。


_ ビートルつながりではないのだがBSではザ・ビートルズフェスという特番をやっている。感心したのは、森高千里の歌う"Hello Goodbye”が、まるで彼女のための歌のように彼女らしく歌っていたことだった。決して賞賛しているのではなく、何を歌ってもそうなってしまう平板のような様をそう言っているに過ぎない。それ以上に森高千里を語る材料は私には無いが、このような個性の出し方もあるのだということに感心した次第。
 そのあとの平原綾香なんだが、彼女は私の先入観ほどには声量も音域も持っていないのでは、と感じた。酔った勢いで恥を忘れて声帯も裂けよと高音域を力押しして歌うオジサンのカラオケに似ている。もう少し風雅にけなすなら「その心あまりて言葉足らず しぼめる花の色なくしてにほひ残れるが如し」といったところだ。意味わからなくても構わないが、頭の中のセルフイメージほどには表現力がおぼついていない、という意味で言った。 ともかくもこの番組はビートルズ縛りのカラオケ大会に似ている。それはビートルズのカバーと言うも愚かなほど、ビートル・ソングがポピュラーなものとなっているせいでもあるのだろうが、せめてカラオケ大会であるにせよミュージシャンのカラオケ大会ならばもう少し聞く方を唸らせて欲しいと思ったのだ。受信料も安く無い。そのことを出演者は自覚する必要がある。出演者それぞれのビートルズ愛の強さと我勝ちな有様が、たとえば無駄な声の張りとしてあらわれているのだろうか。ダイアモンド☆ユカイもアドリブがしっくりきていない。
 財津和夫さんの”Yesterday”はもう少し聞けるものかと思ったが、さほどでもなく、タイガースの再結成コンサードで車いすに載って出てきて同曲を歌った岸部シローの方が、よりつたないとはいえより聞かせる。だが、ラブ・サイケデリコのカバーは悪くなかった。最後の”Come Together”くらいちゃんとハモれば良いのに、ミュージシャン達。
 なんか無理して辛辣なこと書いてしまっているのは、私自身ビートルズに愛憎ともいうべき複雑で強い思いを抱いているせいなのだろう。特に”Yesterday”は、自覚なく聞き覚えていた”Let It Be”とどちらが古い記憶かわからないが,、私にとっては歌うことを意識して歌詞を覚えた初めてのビートル・ソングだ。初めてのことが重なるが、初めて聞いたのは、初めて買ってもらったアイワのラジカセに付属していたデモテープに収録されていた2つの曲の一つとしてだった(もう一つは”マルタ島の砂”)。誰が演奏していたのかしれないインストルメンタル曲で、ボーカルの代わりにむせび泣けと言わんばかりのムーディなテナーサックスが使われていた。これがビートル・ソングの一つだということはずいぶん後になって知った。もう一つの思い出は、自宅浪人をしていた時代にペースメーカーとして聞いていた旺文社のラジオ講座の「英語総合学習室」と言うプログラムで、カーペンターズ、ビートルズ、S&G、ビリー・ジョエル、ボブ・ディランなどの代表曲が教材に使われていた。このプログラムは今にして、私の洋楽の趣味に大きな影響を与えたものだったのだな、と思う。ここまでは愛憎の「愛」の部分だが、「憎」の部分は、中学の時ににわかに周囲の友人の間で起きたビートルズ・ブームに対する反感の思い出に関係している。
 思い出ある歌は大事に歌うべきだ。自らの思い出を冒涜しないためにも。「トットてれび」で「男はつらいよ」を歌った中村獅童や「知床旅情」を歌った…あの役者は誰?(→吉田鋼太郎)、彼らの歌った歌のように、歌詞の意味を一つ一つかみしめて丁寧に音律に載せるのである。昔鼻をツンとさせながら歌った唱歌のように。装飾的な音でごまかすことなく。


_ UKの誤った選択は、単に民族間の問題のみならず、世代間の確執を生んでいるようだ。この問題は国境にジェリコの壁を築くような愚かな発想では避けることができない。私も時には、自分の世代が団塊の世代の犠牲になっているのでは、と疑念をいだくことがある。父母の世代や伯父伯母の世代に憎しみを抱きながら生きるなんて、そんな浅ましい生き地獄があって良いものだろうか。骨肉の争いは酸鼻を極めるものと昔から決まっている。
 今日の日経の「春秋」には、ナチスドイツが巧妙に国民投票を利用した故事を書いていた。もっとも投票はナチスによる厳重な監視など、不正にまみれていたらしいが。心ある人は皆、デモクラシーに絶望することになるかもしれない。民主主義に師ソクラテスを殺されたと見なしていたプラトンのようにだ。


2016-06-26 [長年日記]

_ 声、そして音。

先週書こうと思っていて機会を逸していたが、先週の「ラジオ深夜便」の”明日への言葉”は、詩人・吉増剛造、そしてこの間亡くなった冨田勲さんの言葉が聞けた。吉増さんの詩をちゃんと読んだことは無いのだが、多くの詩人がリスペクトしていることで名を知っていた。今、東京国立近代美術館で吉増さんの展覧会が催されていて、自ら吹き込んだ多くのカセットテープが展示されているのだそうだ。私もカセットテープの洗礼を受けた世代で、今は手元にほぼないが、今なら問題になりそうな生録などという趣味も流行っていた。ソニーのカセットデンスケが欲しかった。今も少し朗読に興味があったりもする。文字以外の手段で文学を表現することには、取り上げられるべき多くの問題があると思うのだが、どういうわけか音声データは映像データほどにはデータベースになりにくいような気がする。とある音をキーとして部分を取り出すといういわゆる検索がしにくいことが理由であるようにも思うのだが、それは何故なのかも良く解釈できていない。少なくとも、キーワード登録しておけばいつの間にか聞きたい番組が録音されているということになりにくいのだが、そういうツールはあるのだろうか?ちょっと前になるが、図書館で、与謝野晶子やら北原白秋やらが自ら自作を朗読しているCDを借りて聞いたことがあり、そこから受ける印象が文章から受けるものとずいぶん違うという違和感がずっと引っかかっていたが、まさにその与謝野晶子の朗読についても吉増さんは語った。あれはそのようにイメージがあって語ったのではなく、いざマイクに向かうとそんな風にしか語れなかったのであろう、とのこと。このことはとても問題だ。たとえば、口を開けば朗々として説得力のある語り口を持つ人に、ペンを握らせて同じことを絵で描いてみろと言ったら、彼はどんな絵を描くか。知的な人の描く絵ほど描かせてみれば幼稚園児の描くチューリップか何か知れないお花だったり頭足児だったりアメフラシのような四足動物だったりすることは珍しくない。あるいは優れた文筆家に流行歌を歌わせればとても何かの表現とは思えないような外れ調子であったりもするだろう。思考というものは頭の中にあるだけでは未だ思考ではなく、どのようなスキルでどのような手段によって表現されるかで実質的にはまるで異なるものとなってしまう。そこが不思議だ。
 冨田さんの話は、初期の活動でのNHKからの注文のめちゃくちゃさや手塚先生にジャングル大帝のテーマソングの1オクターブ変化する冒頭の「「アーアー」にそれじゃあ子供が歌えないからと書き直しを求められたが「今やってます」と言い続けて退けたこと、宮沢賢治は生きているうちに取り上げたかったがそれを歌うのはスイッチを切れば消えてしまうような存在であることが望ましかった(おっしゃってた時のニュアンスとちょっと違うが)ことなど。モーグを輸入して最初は全く使い物にならなくてどうしようかと思ったことは、以前タモリ倶楽部で見たことがある。タモリ倶楽部で話すのもラジオ深夜便で話すのもほとんど雰囲気が同じで愛嬌がありながらも真摯な思いが伝わったものだった。そんなわけで今、またしても聞くということに強い興味が沸いているところ。


2016-06-27 [長年日記]

_ 会社にはほぼチノパンで行くのだが、以前からこれの干し方に悩んでる。「シワ取っ手!」よりも丈夫で簡便な方法は無いのか?


2016-06-28 [長年日記]

_ 会社でビジュアルスタジオのインストールしてたんだが一日中掛かっても終わらず。いろいろ手順がまずかったっぽい。
 帰りにまたコミュニティハウスに寄り、スーパーで買ったトルティーヤとローストチキン、コンビニで買ったトマトジュースとホットコーヒーで軽く夕食を摂ってから学習。ロビーで飲食ができるので、近頃ここで腹ごしらえをすることも多くなった。いろいろな人が利用するのだが、あまり見苦しい人は寄り付かないようだ。このあとどこに分かれていくのか母と娘らしきペアが待ち合わせして娘の方が弁当を使っていたり、放課後の男子高校生風の2人がなにかの打ち合わせをしていたり。今日は少し人が多く、女子高校生が座っておにぎりを食べているのと同じ丸テーブルの空席に座って上記のメニューを平らげながら、帰り際に買った西岸良平の「鎌倉ものがたり」最新刊を読んでいた。前の巻を読んだ時もだったが、懐かしく読んでいたせいだろうか、ちょっとしたエピソードになんだかグッと来てしまう。泣くのをちょっとこらえて、そのグッと来たところに付箋紙を貼る。あとで日記のネタにするつもりなのだ。そんな時にちょっと思ったのは、女子高校生と同じテーブルで夕食を摂るなんていう機会はかつてあったのかどうか、ということだったりする。たぶんあったとするなら、それは私自身が高校生だった頃に、おそらくは部活(アニメーションを製作する部だ)の流れで遅くなったとき、同じ部員の女子と、というくらいだったろう。その後そんな機会はたぶん無かったと思う。こういうところでそんな機会を得たからと言ってその後何かが起こるという訳ではないのだが(それが節度とか常識とか言うものだろう)、先日もここで感じた奇妙な疑似的な親近感とも呼べない親近感が思い出された。互いに無関係で、特別な事件が起こらない限りは無関心に振る舞い、でも類似する目的があってそこに共通に存在している、という奇妙さだ。もしかすると、家族関係や近隣の住民との関係というものに代わって、社会におけるコミュニケーションはこういうものが主体になっていきはしないか。それは暗黙の共感であり、けれど互いに声を掛け合うことをおのずから禁ずる暗黙の拒絶であり、人の中の孤独、孤独の定義には当てはまらない孤独、必ずしもさびしいとは言えない緩やかな孤独である。首都圏にそして現代に暮らすことにおいては、この「関係」とも言えないむしろ「無関係」と呼ぶ方がふさわしい「関係」こそ似つかわしく好ましいものと思える。というわけで今日も社会学ヒトこま終了。いつの間にか単位取得試験の持込み可否が発表されてた。ラテン語はテキスト・ノート・和羅/羅和辞典の持ち込みが可能。救われた気分だ。社会学は持込み不可。なので一通り講義を視聴し終わったら、何年かぶりに暗記カードやパネルを作ってみようかなと思っている。


2016-06-29 [長年日記]

_ もういくつ寝ると、七夕。

ということで、どこに行っても竹と短冊が用意されている。つい手に取って書いてみる訳だ。
「よろこびますように 吉田戦車」
 でもそれも次第に飽きてきたところに、とあるスーパーでまたもや竹と短冊を見出した。見ると短冊の上の端には「体にピース カルピス」というフレーズが書いてある。なんだステマか。いやいや、ステルスにはなってないか。折角なので、そのフレーズを吹き出しで囲んで、その下に「アヘ顔ダブルピース」の女の子描いてみたけどうまく描けなかったのでまあ問題無いだろう。

本日のツッコミ5 [ツッコミを入れる]

_ きだ [楽しそうですね。って他人のに落書きしたらダメでは。w うちの大学の生協の七夕がネットで話題になってました…]

_ けい [いやそうではなくて、スーパーにおいてあったカルピス提供の短冊で、すべての短冊にそのフレーズが書かれてたわけです。アヘ..]

_ けい [件の短冊は「彼女を造りたい」、でしょうか?良いセンスしてる。そうだな、なってくれる人がいなければ自作すればいいんだな..]

_ きだ [失礼、営業妨…販売促進のお手伝いですね。w 後者、そうです。自作できてもホムンクルスって言われると、なんかねぇ…]

_ けい [ホムンクルス、確かスパームと血液を熟成させて作るんだったような。世界妖怪図鑑に載ってたと思う。やってみます?ゲーテ「..]


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